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プロフィール
Masa
学科
英米語学科
学年
4年
専攻
留学先
アメリカ合衆国(米国)
/
THE UNIVERSITY OF IOWA
留学期間
2015-08-01 ~ 2016-05-31
留学種別
交換
1~10件目 / 10件中
2016-05
月次報告書5月分
さよならアイオワシティ
自分の学生寮に住んでいる親しい友人のほとんどがシカゴ近辺に住んでいるため、事前に購入していたシーダーラピッツ空港からのフライトをキャンセルしシカゴオヘア空港から飛び立とうと計画していたが、それが不可能であったためアイオワの友人宅一週間滞在することになった。そのため多くの友人とははやめのお別れとなってしまったが、その一週間のうちでアイオワの首都デモインを訪問する機会ができたためデモインの友人たちと遊ぶことができた。何気ない映画を見ること、運動をすることであったりBBQをすることがものすごく大事に感じられる一週間であった。友人からメッセージカードをもらったりフラグにサインしてもらいこの十か月間が最高の月々であったと自信を断言できる最高の経験ができた。そしてシーダーラピッツ発のフライトが朝の七時に早まったため準備が大変であったが自分を空港まで見送ってくれた友達に心から感謝したい。必ず近い将来にアイオワに戻りたいと思う。自分のこの留学経験をここまで素晴らしくしてくれた全ての方々に謝辞を述べたい。両親、家族をはじめ、留学科の星さん、この経験でできた友人たち全ての方々に感謝します。言葉でこの感謝の気持ちは表現しきれませんが、心からありがとうございました。
アメリカ合衆国(米国)
THE UNIVERSITY OF IOWA
Masa
英米語学科 4年 交換
2016-04
月次報告書4月分
単純なる生活編
友人の一人がガンクラブの会員であったため、シーダーラピッツで人生初のハンドガンを打つ機会があった。はじめは抵抗感がかなりあり、聞こえてくる音が想像以上に大きく、かなりの恐怖観もあった。しかしながら店員さんの丁寧なセーフティートレーニングにより安全な使用方法を学んでから実際に挑戦してみると思った以上に楽しく、的に当てるのは多少難しかった。しかしながらここで楽しいと思ってしまうことの銃の恐ろしさが目に見える経験であった。おそらくこれ一回きりの経験であろうが、銃がいかに危険であるということや日本が銃を使用禁止していることによりいかに安全であるかということを再確認できる良い機会であった。その他はファイナルなどといった、比較的過酷な課題に追われそれほど外出をすることが少なかったため友達と図書館でスタディーグループを開き助け合いながらアカデミック面での向上を図った。特にリーディングをする機会が多かったためリーディング力が向上した月であったと思う。
アメリカ合衆国(米国)
THE UNIVERSITY OF IOWA
Masa
英米語学科 4年 交換
2016-03
月次報告書3月分
春休み, Aurora, Illinois
春休みはイリノイ州オーロラの友人宅に滞在させていただいた。オーロラはイリノイ州で二番目に大きな市であり、メキシコ人人口が多い場所であったため、絶品なタコスや様々なメキシコ料理を口にする機会が頻繁にあった。アメリカの家に滞在させていただいたのは自分が中学生の時以来であったため、かなりノスタルジーに浸っていた。また、完全なる住宅街で過ごしたため、友達の友人に会い、毎日バスケットボールを外で行ったり友達の親戚家族に混ざり会食に参加させていただいたりしてまるで昔の頃のホームステイのようで大変充実した生活を送ることができた。また、シカゴラップに触れる機会が多く、新しくできた友人のうちの何人かは実際にラッパーであったり人生初のフリースタイルを聞かせてもらうなど自分のミュージックテイストがとても刺激された。まさしくアメリカで育たない限り経験できないような暮らしを経験できたため大変充実した春休みを過ごすことができた。
アメリカ合衆国(米国)
THE UNIVERSITY OF IOWA
Masa
英米語学科 4年 交換
2016-02
月次報告書2月分
日本語コミュニティ
日本語コミュニティJSSC(Japanese Students and Scholars Club)との交流を頻繁に行った月であった。まずは山梨県から一か月間の語学留学で来られていた学生たちとの交流を行った。例えばアイオワシティの案内だけでなく単純なる生活のサポート、また自分の経験を通してのアドバイスをした。また、コミュニティのリーダーによるラジオ番組に参加させていただいたこともあり日本語に触れる機会が非常に多い月であった。また、アイオワ大学日本語プログラム主催お好み焼きパーティーに参加し、日本語学生の友達を多く作った。また、コミュニティのメンバーとカラオケに行ったり日本料理レストランを訪れ、日本にあるレストランとの比較を頻繁にして楽しんだ。その後も日本語学習を手助けする機会を多く設けることができたため今後のこのような機会に対応する能力を身に着けることができたと思う。そのような交流を大変楽しむことができた一か月であった。
アメリカ合衆国(米国)
THE UNIVERSITY OF IOWA
Masa
英米語学科 4年 交換
2016-01
月次報告書1月分
Winter break
冬休みはボストンとバーモント州の友人達を訪問した。初の一人での国内旅行ということで多少緊張したが、彼らは神田外語大学の留学生であったため日本にいた時から仲良くさせてもらったため再会を大いに楽しんだ。ボストンはアイオワ大学周辺と比較すると非常に都会でシカゴを連想させられた。NBAのスタジアムやコープリスクエア、様々なショッピングモールを訪問し美しいボストンの街並みを満喫した。その後アメリカのラーメンを初体験したが日本の味とは正直ほど遠いものであった。その他友人の両親による本物の絶品メキシコ料理を食べた。その後はバーモント州の友人を訪問した。マサチューセツ州からバーモント州まではメガバスでわずか片道4ドルということで大変安価であった。バーモント大学周辺はほとんどアイオワ大学周辺と変わらず、キャンパスを拝見させてもらったが大変美しかった。アイオワ大学以外の大学を拝見することができ、旧友に再会し、大変充実した冬休みであった。
アメリカ合衆国(米国)
THE UNIVERSITY OF IOWA
Masa
英米語学科 4年 交換
2015-12
月次報告書12月分
期末試験
自分にとってこれ期末試験をアメリカで受けることは初めてであるため大変緊張していた。なぜなら言語も違うわけでそれなりに多く勉強なければ単位を落とすのではないかとかなりプレッシャーに負けそうになっていたからである。図書館に期末試験の時期に行っても自分の勉強する席を獲得することはほぼ不可能に近く、自分の学生寮のラウンジも常に勉強する学生で詰まっている。パーティーで有名な学校と考えられているにも関わらず遊び歩いてる学生はほとんどゼロに近く、勉強と遊びのメリハリをしっかりする生徒たちには感嘆し、自分も意識を高めなければならないと深く思った。何より気になったのが期末試験だけ教室が変えられるということで普段の教室でしか集中することが慣れてない人はどこでも集中できる神経を研ぎ澄まさなければならないに違いない。どちらにせよまずは無事に最初のセメスターを終わらせることができ、かなり安心しているがまだ勉強の量も質も足りていないためさらに効果的な学習方法を考慮していかなければならない。
アメリカ合衆国(米国)
THE UNIVERSITY OF IOWA
Masa
英米語学科 4年 交換
2015-11
月次報告書11月分
21st Birthday
21歳をアメリカで迎えたということで誕生日は友人たちとカラオケに行った後初のバーに行った。そのカラオケの場所というのはダウンタウンにあり、機械こそは韓国語で書かれているが日本の曲も多くあった。アイオワ大学はパーティースクールという名前でも有名らしく週末はかなりバーが歩けないくらい混雑する。またハウスパーティーの数も多い。ゆえにここアイオワで21歳を迎えるというのは大きなことのようで訪れたバーではビールのピッチャー20杯を30ドルで購入することができ、友達10人近くと飲んだ。飲みというものが大きい分、警察もよく出回っているだけでなく、向こう見ずな行動をとってトラブルに巻き込まれる生徒が多いため、あくまでも勉強一番の学生である目的を忘れないようにすることの大切さを再確認した。 月末はThanksgivingでシカゴに行ったがとなりの州でもバスチケットは往復70ドルくらいかかり、時間も本来のドライブでは3時間半程度であるのにも関わらず5時間ほどかかった。もし次回行く機会があったら友人と車で行ってみたい。
アメリカ合衆国(米国)
THE UNIVERSITY OF IOWA
Masa
英米語学科 4年 交換
2015-10
月次報告書10月分
Halloween
十月でハロウィンの時期であるためいくつかのイベントに行ってきた。まずはリンゴ果樹園とかぼちゃ農園に行った。これはハロウィンメインというよりはりんご果樹園がメインで美味なアップルサイダーやドーナツをたべ、好きなだけリンゴをもぎ取ってあとは持ち帰る分を購入するというもので、Global Buddiesのメンバーと行動したが四時間が設けられていたためかなり暇な時間を過ごすこととなった。結局りんごも二つしか購入しなかった。 数日後にアイオワ大学生徒主催(?)のお化け屋敷に行ったが規模がかなり巨大で30分待った甲斐があった。自分は仮装もなにもしていなかったが時間も十二時ころというのもあり雰囲気をかなり楽しんだ。 そのまた数日後には日本のコミュニティーのメンバーと30分程離れたCedar RapidsにあるHaunted farm and Mazeへ行った、そこでは行列が驚くほど長く、2時間はやくついたにもかかわらず入場するころには3時間近くも経っていた。しかしいざ入ってみるとどうやってこの環境を作る出しているのかと疑うほどの環境が広がっており、人生で一番ハロウィンをここまで楽しんだ。ちなみに自分は忍者の仮装をした。
アメリカ合衆国(米国)
THE UNIVERSITY OF IOWA
Masa
英米語学科 4年 交換
2015-09
月次報告書9月分
Student Organizations
学生寮に戻る途中、日本語を話している学生の集団がいたため勇気を振り絞って話しかけてみたら名古屋外語大学の学生たちであり、ほぼ半月日本人をみてなかった私はかなりテンションが上がった。するとその学生たちは日本人のコミュニティーがあるからミーティングに行かないかと教えてくれたためそのミーティングに顔を出したところ、そのコミュニティーJapanese Students and Scholars Clubは昨年留学していた友人がいた団体と同じであることが判明した。日本人人口は決して多くないため団体の規模はかなり小さいが日本語学習と文化に関して熱心な学生が多く、毎週金曜に気軽な会話を設けていた(おしゃべりの時間)。その他生徒による団体、Global Buddiesという団体に参加した。友人からそういうプログラムはあまり期待しないほうがよいと聞かされたため多少期待はしていなかったがその団体はインターナショナルと現地の生徒をペアリングし、頻繁にイベントを開いたり現地の生徒とかなり近くなることができ、想像以上によく組織された団体であった。
アメリカ合衆国(米国)
THE UNIVERSITY OF IOWA
Masa
英米語学科 4年 交換
2015-08
月次報告書8月分
ムーブイン
ムーブイン当日自分の学生寮、スタンリーホールへの移動はミズーリ州に住んでる友人が移動から生活出需品の獲得まで手を貸してくれた。もし友達の手がなければ右も左もわからなく恐らくかなり困惑してパニックになっていただろう。寮にチェックインした当日はインターナショナルの学生のみしかおらず、どこに何があるのかを把握するためカレッジタウンを散策した。アイオワのキャンパスはかなり巨大で事務や図書館、学習施設が充実していた。ジムには単純な筋トレ器具だけではなくバスケットボールコートやフットサルコート、プールやロッククライミング、その他全てのスポーツが可能なくらいで大変感嘆した。最初の一か月はひたすら生活に慣れることを目的としていたため多くのクラスを履修することなく自分に余裕を持たせるために空き時間を多めに作った。授業が始まってからは最初の一週間程度講義に慣れるまで時間がかかったがリスニングは割とあっという間に慣れた。
アメリカ合衆国(米国)
THE UNIVERSITY OF IOWA
Masa
英米語学科 4年 交換
1~10件目 / 10件中