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2026-01
月次報告書1月分
最後の思い出、最終月!
【学校生活】 1月は授業はほとんどありませんでした。しかし、期末課題が出ている授業があったため、課題に取り組む時間がありました。 【週末の過ごし方】 留学生同士や現地の学生たちとほぼ毎日遊びに行っていました。最後ということもあり、パーティーやピクニックなど大人数で集まって過ごすことが多くありました。ルームメイトとの最後のご飯に行ったり、現地の学生とカフェに行ったりもして毎日バタバタしていましたが、とても充実した最後を過ごせたと思います。また、お土産探しにも時間を多く使いました。 【食事】 最後で出かけていることが多かったため、朝からほとんど外食で過ごしました。食費はかなりかかりましたが、朝は地元の朝ごはん屋さんなどで手軽に済ませて、昼や夜に使うような形でした。 【学生寮】 ルームメイトみんなで一斉にパッキングをしたときは、部屋が狭いのでキャリーケースを出しただけで部屋が埋まってしまいました。使用していたマットレスやベッドセットなど友達にあげたり捨てたりして片付けをしました。 【気候・服装】 急に風が冷たい日があったり気温が下がる日があったりと日本と同じくらい寒いなと感じる日が多くありました。厚手のジャケットやヒートテックなどを持って行っていなかったため、失敗したな〜と感じました。また、特に寒い日は夜も冷え込むため、7点セットのベッドセットを頼めばよかったなと後悔しました。(5or7点セットで選べて5点セットはひんやりブランケットのみ)
国際コミュニケーション学科 4年 交換
留学成果報告書1月分
留学の総括
【派遣先大学について】 (1) 基本情報 ・設立年   1966年 ・学生数   6482人(2025年度) ・設置学部  英語学科  日本語学科  応用中国語学科  フランス語学科  ドイツ語学科  スペイン語学科  外国語教育学科  国際事務学科  国際企業学科  情報管理コミュニケーション学科  コミュニケーションアート学科  翻訳学科 ・その他 (2) 所属した学部、コース、プログラム等(原語および日本語訳) 日文系(日本語学科) (3) プログラムの概要 ・履修可能な授業、所属学部選択の制限など  交換留学生向けの授業(2学期目からなくなった)、学部を超えて履修可能 ・学部留学の場合:選択した学部・学科以外の授業を履修できるか ・学部留学の場合:語学コースを並行履修できるか (できる場合、申し込み方法、有料か無料か、有料の場合費用・スケジュールなど) ・語学留学の場合:学部科目を履修できるオプションがあったか (4) 大学の雰囲気、留学生や日本からの学生の割合や人数   高専も同じキャンパスなので賑やか。留学生は日本人、フランス人、ベトナム人が多い。タイ、インドネシア、韓国、ドイツ、ベルギー、イギリスなどからきた留学生もいた。 (5) 課題や試験 (KUISとの違いや負担の大きさなど)   課題や授業の負担はあまり大きくないが、中国語での課題や授業は慣れるまで大変だった。 (6)困ったときに相談できたか、相談窓口はどこか、どのようなサポートを受けられたか   SOSA(留学サーポート)、交換留学生の友だち、前年度留学していた先輩、ルームメイト (7) オリエンテーション (オリエンテーションがあったか、あった場合その内容)  オリエンテーションは開講日前に学内で行われた。基本的に英語だが、日本語で話してくれる部分もあった。オリエンテーションの後、履修登録の説明があった。 (8) 履修登録 (履修登録のタイミング(渡航前・渡航後)や、履修登録の方法など)  オリエンテーション後に行う。基本ウェブサイトで履修登録を行うが、表示されなかった授業や履修をやめたい授業は、SOSAで受け取れる指定の紙に書いて提出する必要がある(詳しいやり方は説明してくれる)。 【自身の留学について】 (1) 留学を決意した理由  休学せずに留学することができると知ったから。また、中国語を使う機会を増やした かったから。 (2) 留学先を選んだ理由  台北よりは日本人が少ないから。また、生活してるうえで日本語が通じない環境にしたかったから。 (3) 留学のためにした準備/しておけば良かったと思う準備(学習面)  留学の準備としては、中国語の授業をちゃんと受けること。授業の予習復習。繁体字はすぐ慣れたけど基本的なところは調べておけばよかったと授業が始まってから後悔した。 (4) 留学のためにした準備/しておけば良かったと思う準備(生活面)  特になし。 (5) 留学中の交友関係 (どのようなきっかけで交友関係が広がったか、どのような活動をしたかなど)  寮のルームメイトとご飯に行ったり、遊びに出かけたりしたことで仲良くなった。日本語学科の授業に参加してグループワークや課題を行ったこと。また、交換生の中国語の授業のペアワークで交友関係が広がった。 (6) 授業についての全般的な感想、学んだこと  中国語をたくさん使う機会があったことで、スピーキングとリスニングの力が伸びた。分からなくても分かる言葉で説明したり話したりする力もついた。 (7) 授業外で参加した活動 (ボランティア、サークルなど:参加した場合申し込み方法)  華語センターやSOSAが企画しているイベントや校外学習に参加した。SOSAからのお知らせや中国語の授業などの先生から華語センターの活動があると連絡をもらった。 (8) 授業外の活動についての全般的な感想、学んだこと  1人では行くのが難しいところに行けた。原住民や台湾の文化を学ぶことができた。 (9) 留学で達成した最も大きなこと  間違えることを恐れずにとにかく話してみようと考えられるようになったこと。 (10) 今後どのような学習を継続していきたいか  MULCの留学生とたくさん話す。中国や台湾の映画やドラマを見る。 【渡航・滞在先住居について】 (1) 派遣先への出願 (気を付けるべき点など)  期限を守る。 (2) ビザ申請 (気を付けるべき点や、申請から発行までにかかった時間など)  ビザ申請前にビザ申請する場所の開館時間を調べておくことが大切。年末に行って、普段と開館時間が異なっており、着いた時には受付時間が終了していて、年明けにもう一度行く羽目になった。 (3) 航空券を予約した方法 (旅行代理店や利用したウェブサイトなど)  航空券の比較サイト、Trip.com (4) 渡航したルート  成田から桃園、成田から高雄 (5) 最寄りの空港から大学または住居までの移動 (大学の出迎えサービスがあったか、どの交通機関を使用したかなど)  出迎えサービスがあったが、到着日と到着した空港が異なっていたため利用しなかった。最寄りの駅からはバスに乗って大学に向かった。 (6) 滞在先住居を探した方法 (大学の寮に申し込めたか、寮に滞在した場合は申込みの方法やいつ頃申し込んだか、不動産業者や特定の  ウェブサイトを使用した場合はその名称やURLなど、住居を手配した方法を詳細に記入してください)  大学内の寮とキャンパス外にあるダヤに申し込みが可能。留学手続きと同時に申請した。 (7) 滞在先住居についての詳細 (費用の支払い方法、設備や備品は何があったか、メンテンスの状態など)  寮にあるものは、机、ベッド、クローゼット、トイレとシャワー(各部屋にあり)、冷水器(各階にあり)、寝具はレンタル可能。 (8) 滞在先についての感想、アドバイス (どのような生活をするべきか、何を持っていくべきかなど)  マットが硬いのでマットを買いに行っている人もいた。蚊が多いので、電池式の蚊取り線香や塗るタイプの虫よけなどがあるとよい。 【滞在国・地域での生活について】 (1) 現地での支払方法や現金の調達 (どの支払い方法を主に使用していたか、現金をどうやって引き出したか、日本からどうやって送金した  か、クレジットカードはどの程度使用できるかなど)  手数料がかからないATM(自分の銀行の手数料のみ)で引き出していた。基本的には給付型奨学金で生活していたが、足りないときは親にお願いして入金してもらっていた。日本円をまとめて外貨に両替している人もいた。 (2) 携帯電話 (現地で携帯電話やSIMカードをどうやって購入したかなど)  留学の手続きをする際に中華電信の学割のSIMを申し込めたのでそれを利用した。現地に着いてから契約することもできる。 (3) インターネット (キャンパス内や住居、街中でのインターネットの繋がりやすさなど)  学内にWiFiはあるが、寮内にはない。 (4) 医療 (現地で病院にかかったか、その際の対応はどうだったか、困ったことはあったかなど)  一度診療所に行った。現地の保険証がないので診察と薬代(3日分)が自費で6000円ほどだった。眼科も同じで保険証がないため診察と薬代(2週間分の目薬)が自費で5000円ほどだった。眼科にかかったときは領収書もちゃんともらえたので保険でまかなうことができた。 (5) 日本から持っていくべきもの  水筒、虫よけ、インスタント味噌汁、常備薬 (6) 治安状況 (どのような危険があるか、どうやって情報を入手したか、どのような対策をしていたか)  特にないが、バイクに乗っている人が多いので交通安全に気をつける必要がある。 (7) 食事 (毎食どのように用意したか、大学の学食があったか、学食や外食はいくらくらいか)  寮内にキッチンがないため、大学の外で食べていた。80〜100元前後で食べることができる。朝ごはんは50元前後のところが多い。 (8) 情報の入手 (書籍やウェブサイト、ガイドブックなど、現地の情報をどのように入手したか)  前年度まで文藻に留学していた神田の先輩に聞いたり、インターネットで調べたりした。またルームメイトにも聞いて情報を得ていた。 (9) 特筆すべき文化や習慣の違い、気を付けるべき点  トイレットペーパーが流せないトイレが多いこと(特に個人の飲食店や学校のトイレ)。LINEペイを使えるところもあるが、基本的には現金払いのみが多いので、注意が必要。スーパーやコンビニではクレジットカード払いが可能。 【進路について】 ※目標編(非公開)と重複しても構いませんが、公開することが差し支える内容は目標編に記載してください。 (1) 留学終了後の進路 (就職、進学、未定など、決まっておりかつ公開が差支えなければ就職先や進学先)  未定 (2) 現地での就職活動や進学準備 (現地から日本の企業に就職活動をしたか、日本企業のジョブフェアなど現地で就職活動をしたか、大学院  の進学準備をどのように行ったかなど、した場合その方法)  特に就職活動はしなかった。 (3) その進路に対して留学経験をどう活かすか  留学で中国語以外に台湾の文化など日本以外の習慣や考え方を知った。そのため、進路は決まっていないが、就職先が決まった場合は、その職場で柔軟に考えて仕事に取り組める人になりたい。 【今後留学を目指す学生へのアドバイス】  ある先生から留学する目的を決めた方がいいという話を聞きました。留学の目的をちゃんと持ってから留学してよかったです。ただ留学したいというだけで留学にいくのは悔いが残ってしまうような気がします。なんで留学が必要なのかしっかり考えてから留学するか決めることをお勧めします。
アジア言語学科 3年 交換
月次報告書1月分
留学5ヶ月目
あっという間に1月も半分が過ぎ、留学生活も折り返しが見えてきました。 自分が二学年生であるため単位認定願の記入を進めるためにも、まだ1月の中旬ですが今月の報告書を書いています。 <新年> 新年をカナリアで迎えました。多くの人が外で集まり、年明けの瞬間にはいろいろなところで花火が上がっていました。スペインの年越しの文化である「ブドウを12個食べる」に挑戦し、日本人留学生同士で集まって年を越しました。あと半年の留学生活を悔いの無いよう楽しみながらもしっかりと頑張ろうと思いました。 <大学・授業> 今月はテスト月間のため、自分が履修している授業のテストがある日しか基本登校しませんでした。期末試験と言うこともあり入念に勉強をしたいですが、なかなか生活リズムを整えるのに苦戦しています。後1科目あるので頑張りたいです。 <生活> 今のメンバーとのルームシェアも今月が最後になります。私のPISOでは私を含んだ4人のうち2人が前期で留学を終えて帰国します。そしてまだ次の入居者は決まってはいないようですが、ポーランド人の子が1人内見に来たため入居が決まれば3人暮らしになりそうです。 留学を終える2人が帰国する前に、今のメンバーでご飯に行こうと言う話も出ています。 <その他イベントなど> 年明けもクリスマスムードが続くスペイン、1/5に3人の王様が到着するパレードがあり、そこでようやくクリスマスが終わりました。 今月は多くの留学生が留学を終えて帰国してしまうので、帰国前に会う機会を作ってお別れをする日が続きそうです。 WawaJoven(バスの乗り放題カード)が突然使えなくなり、窓口で問い合わせたところ「リチャージが必要」とのことでした。別の窓口でリチャージをお願いすると、とくに支払いも必要なくすぐに更新をしてくれました。どのくらいの頻度で次の更新が必要になるのか聞きそびれてしまいました。 <振り返り> まだ今月は半分しか経っていないのにもかかわらず、自分の中で反省することが多くあります。大学の授業がないので家で時間を過ごすことが多く、人と会話もせずに考え事をする時間が長くなりました。まだ今年は始まったばかりなのでしっかりと自己分析をしながら、まずは1月の残り半月をしっかりとこなしていきたいです。 ---------------------------------------------------------------------------------- まだ今月の出費の欄は記入できないため、目標予算で記入します。
イベロアメリカ言語学科 2年 交換
2025-12
4ヶ月という長いようで短いモントリオールでの留学が無事終了しました! 12月は11月と比べて寒さがさらに厳しくなり、1日を通して氷点下が当たり前になり、最高気温が0℃になったら「今日暖かいな」と感じるようになりました…。マフラー・手袋・ヒートテックは必須です!! 最終月ということもあり、1日1日を無駄にしないように、後悔のないように過ごすことができました。 今月はほぼ毎週末パーティーをしました! 2学期間留学をするルームメイトがお別れパーティーを企画してくれたり、一緒に留学に来ていたKUISの後輩の20歳の誕生日をお祝いしたり、現地の友達の家でクリスマスパーティーをしたり…。思い出を振り返ったり、ゲームをしながら残されたモントリオールでの時間を過ごすことができました。 また、不運なことに2週目あたりで39.0度の熱を出してしまいました… 室内の乾燥のせいで喉を痛めてしまい、2〜3日部屋に引きこもっていました…。その時にルームメイトやコーディネーターが心配してくれたりご飯を作ってくれたおかげで、しんどくても乗り越えることができました!ただその間思い出作りができなかったのが残念でしたが、これもある意味経験かなとポジティブに考えます!笑 UQAMでの授業もラストスパートということもあり、期末テストやディスカッションの準備で大忙しでした…。一番印象に残っている授業は「Conversation」で、授業を通して自分の語彙・文法だけでなく発言に対する自信も身につきました。最後の授業終わりに先生と小一時間ほどお話し出来てとても有意義で実りのある時間を過ごすことができました。 帰国当日、大慌てでパッキングを終わらせたのですが、私物がなくなった自分の部屋を見て少し寂しくなりました…。空港にも現地の友達がわざわざお見送りに来てくれて恥ずかしながら泣いてしまいました笑 4ヶ月というモントリオールでの留学…長いようであっという間に終わってしまいました。その間でたくさんの人・文化に知り合うことができ、学生生活を充実して締めくくることができました。 また機会があればまたモントリオールに帰って来れたらいいなと思っています! Merci, Montréal🇨🇦 À bientôt!!!
英米語学科 4年 推薦
月次報告書12月分
✰留学10ヶ月目✰
最後の期末試験がありました。また、12月になってから初雪が降ったり最高気温がマイナスの日が増えました。 ・学校生活 期末試験は筆記試験が3つ、発表が2つ、報告書が2つありました。発表と報告書が多めでしたが発表日や提出日がバラバラだったので早めのものから準備しました。教養科目の영화음악의 역사は中間同様1番難しかったです。中間試験以前の範囲も含まれた試験だったため中間の時よりも範囲が広く、試験を受けた時は全く手応えがなかったのですが、無事に単位がもらえたので安心しました。 ・サークル活動 テストと被っていたため最後の集まりには参加できませんでしたが、最後にサークルの部屋に行って挨拶ができたのでよかったです。写真サークルは優しい人が多く、普段行かないようなところに撮影しに行くことができたので、とても良い経験ができたと思います。 ・寮生活 管理室で温度管理されているオンドルは普段だと温かくないのですが、マイナス10度超えの日は高い温度で設定されていました。退去は平日のみ可能なので事務室が空いている時間帯に退出届を出して退出しました。 ・日常生活 テスト期間は友達と一緒に勉強しました。学校が終わってからは部屋にいる日に荷造りを進め、韓国人や日本人の友達と最後に会って充実した時間を過ごすことができました。
アジア言語学科 3年 交換
留学成果報告書12月分
徳成女子大の総括
【派遣先大学について】 (1) 基本情報 ・設立年:1920年 ・学生数:約6000人 ・設置学部:グローバル融合学部、科学技術学部、薬学部、Art&Design学部、未来人材学部、チャミリサ教養学部 ・その他:全専攻数47 (2) 所属した学部、コース、プログラム等(原語および日本語訳)  한국학전공 (韓国学専攻) (3) プログラムの概要 ・履修可能な授業、所属学部選択の制限など 児童教育専攻、薬学部、e-learning以外の科目は履修可能 ・学部留学の場合:選択した学部・学科以外の授業を履修できるか  上記専攻の授業以外可能。 ・学部留学の場合:語学コースを並行履修できるか (できる場合、申し込み方法、有料か無料か、有料の場合費用・スケジュールなど) メールで申請方法が届き手順に沿って申請した。語学堂は半額で受けることができ、費用は750000ウォンだった。春学期は3月3日から5月9日まで、1・2級は14時~18時、3・4・5・6級は9時~13時。夏学期も申請可能。 ・語学留学の場合:学部科目を履修できるオプションがあったか  不明 (4) 大学の雰囲気、留学生や日本からの学生の割合や人数 女子大なので楽な雰囲気で過ごす事が出来た。留学生も多くベトナムや中国など様々な国から来ていた。 (5) 課題や試験 (KUISとの違いや負担の大きさなど) KUISは課題が多かったがDWUはほとんど課題が無かったと思う。だが日々の予習復習が必要で試験期間はKUISより少し負担が大きいと感じた。 (6) 困ったときに相談できたか、相談窓口はどこか、どのようなサポートを受けられたか 基本的に国際交流課に問い合わせをした。またバディの方にも頼ったりもした。 (7) オリエンテーション (オリエンテーションがあったか、あった場合その内容) 3/3にオリエンテーションがあり全て英語で行われた。履修登録や外国人登録証などに関する内容だった。 (8) 履修登録 (履修登録のタイミング(渡航前・渡航後)や、履修登録の方法など) 履修登録は渡航前の2/11、12にあった。履修登録の方法はメールで送られたリンクから専用サイトで登録した。 【自身の留学について】 (1) 留学を決意した理由 高校生の時から海外留学をしたいと考えていた。大学に入り基礎的な語学力を身につけた3年次に韓国留学を決意した。 (2) 留学先を選んだ理由 受けてみたい授業があったことが主な理由だが、ソウルにあることや寮があることも決め手の一つたっだ。 (3) 留学のためにした準備/しておけば良かったと思う準備(学習面) 韓国語の勉強は勿論だが英語の勉強もしておけば良かったと思った。 (4) 留学のためにした準備/しておけば良かったと思う準備(生活面) 留学前にたくさんお金を貯めていった方が良いと思った。あとお菓子や簡単に作れるインスタント食品などはたくさん持って行った方が良いと思う。 (5) 留学中の交友関係 (どのようなきっかけで交友関係が広がったか、どのような活動をしたかなど) DIAAのバディ制度、Global Loungeなどでたくさん友人を作れた。Global Loungeは毎週水曜日にある活動で誰でも参加できる。 (6) 授業についての全般的な感想、学んだこと 留学生専用の授業はそこまで難しくはなかったが試験勉強はしていた。一般科目の授業は韓国人学生と一緒に受けるということもあって少し難しく感じたが、普通に授業を受けていれば問題ない。 (7) 授業外で参加した活動 (ボランティア、サークルなど:参加した場合申し込み方法) 特にない。 (8) 授業外の活動についての全般的な感想、学んだこと サークルに関する情報は特に何もありませんでしたが、サークルはたくさんあるようで翻訳サークルに入っていた友達もいた。サークルに興味があればバディや先生に聞いてみるのが良いと思う。 (9) 留学で達成した最も大きなこと 韓国語に触れる機会が今までの倍以上に増えたことで韓国語に慣れたということが一番大きい。最初は聞くだけで精一杯だったが今では理解した上で話せるようになったと感じている。 (10) 今後どのような学習を継続していきたいか 引き続き韓国語の勉強を続けながら英語の勉強もしたいと考えている。 【渡航・滞在先住居について】 (1) 派遣先への出願 (気を付けるべき点など) 提出するものが多いので計画性をもって行動する。提出期限を守れば大丈夫だと思う。 (2) ビザ申請 (気を付けるべき点や、申請から発行までにかかった時間など) ビザ取るのに時間が結構かかったので早めにとることをお勧めする。大使館を予約するのが大変。残高証明書も書類を確認して早めにやっておくと良い。 (3) 航空券を予約した方法 (旅行代理店や利用したウェブサイトなど) アシアナ航空のサイト、trip.com (4) 渡航したルート 成田空港⇔仁川空港 (5) 最寄りの空港から大学または住居までの移動 (大学の出迎えサービスがあったか、どの交通機関を使用したかなど) 出迎えサービス等はなく電車を利用し寮まで行った。 (6) 滞在先住居を探した方法 (大学の寮に申し込めたか、寮に滞在した場合は申込みの方法やいつ頃申し込んだか、不動産業者や特定のウェブサイトを使用した場合はその名称やURLなど、住居を手配した方法を詳細に記入してください) 私は大学の寮に申請をした。申請をすれば寮に住めると思うが一人部屋は競争率が高い。 (7) 滞在先住居についての詳細 (費用の支払い方法、設備や備品は何があったか、メンテンスの状態など) 支払い方法は口座振り込みで設備は机、ロッカー、ベッド、マットレス、シャワー、トイレ、洗面器、エアコン(夏)、オンドル(冬)があった。設備の状態は比較的綺麗だった。 (8) 滞在先についての感想、アドバイス (どのような生活をするべきか、何を持っていくべきかなど) 私は3人部屋も1人部屋も両方住んだのですが、3人部屋は机が3つ並んでくっついているので勉強の集中が出来なかった。ロッカーも少し小さく服が入りきらなかったが1人部屋は収納が多く、机も広々としていて良かった。また寮では掃除当番や門限があり守れないと減点となるので注意が必要。基本的に1時を超えると5時まで入れないが、試験期間中だけ門限がない。 【滞在国・地域での生活について】 (1) 現地での支払方法や現金の調達 (どの支払い方法を主に使用していたか、現金をどうやって引き出したか、日本からどうやって送金したか、クレジットカードはどの程度使用できるかなど) クレジットカードを使っていた。現金はあらかじめ円を現金で持ってきて両替した。 (2) 携帯電話 (現地で携帯電話やSIMカードをどうやって購入したかなど) KUISが紹介していたSIMを買った。 (3) インターネット (キャンパス内や住居、街中でのインターネットの繋がりやすさなど) 大学内も寮の中も問題なくWi-Fiが使えた。地下鉄も繋がるが弱いので使用していなかった。 (4) 医療 (現地で病院にかかったか、その際の対応はどうだったか、困ったことはあったかなど) かかっていない。一度咳が止まらなかった時学校近くの薬局に行ったりしたが、結局コンビニに売っている飲み薬が一番効いた。 (5) 日本から持っていくべきもの インスタント食品、ふりかけ、お菓子、虫刺され用のムヒ、常備薬など (6) 治安状況 (どのような危険があるか、どうやって情報を入手したか、どのような対策をしていたか) 基本的に治安は悪くないと感じますが、大学の前に宗教の人がいて話しかけてくるので注意が必要。あと最寄りの駅のスユ駅は夜になると飲み屋街が多いので避けた方が良い。 (7) 食事 (毎食どのように用意したか、大学の学食があったか、学食や外食はいくらくらいか) 近くのスーパーで食材を調達したり、大学の学食を利用したりしていたが結構高いので自炊していた。 (8) 情報の入手 (書籍やウェブサイト、ガイドブックなど、現地の情報をどのように入手したか) SNSで調べることが多かった。 (9) 特筆すべき文化や習慣の違い、気を付けるべき点 バスは運転が荒いので転ばないように注意する。車に注意する。(歩行者がいても止まらない) 【進路について】 (1) 留学終了後の進路 (就職、進学、未定など、決まっておりかつ公開が差支えなければ就職先や進学先) 未定 (2) 現地での就職活動や進学準備 (現地から日本の企業に就職活動をしたか、日本企業のジョブフェアなど現地で就職活動をしたか、大学院の進学準備をどのように行ったかなど、した場合その方法) 気になる企業のオンライン説明会を一度参加した。 (3) その進路に対して留学経験をどう活かすか 語学力に加えて現地でどのような経験をしたのかを活かしていきたい。 【今後留学を目指す学生へのアドバイス】 留学したいと考えているならするべきだと思います。語学は授業だけでも学べますが人との関わりの中でしか学べないものもたくさんあります。挑戦してみて下さい!
アジア言語学科 3年 交換
月次報告書12月分
留学10ヶ月目🍀
ついに、留学生活最後の1ヶ月間が終わりました。 最初は、一年なんて長いなと思っていたのですが、一年はあっという間でした。今月は期末考査がありました。そして、私は韓国に来てからずっと元気だったのですが、まさかのこの期末考査の期間に風邪を引き、熱も出て、病院にも行き、まさかのテストが一科目受けることができず、発表をする予定だった科目を代わりにレポートを書いて単位をもらうことができました。しかし、テスト週間ずっと体調が悪かったので、期末考査で思い切り勉強することができず、満足のいく結果が出すことができず、かなり悔しい思い出になりました。 <学校生活> 今月は期末考査がありました。風邪を引いてしまうというハプニングにより、思い通りの結果は出ませんでしたが、無事に単位ももらえたので、辛い中でもよく頑張ったと自分を褒めてあげたいです。 <生活> 最後の思い出に友達と釜山旅行に行きました。そして、帰国する前日まで学校で仲良くなった友達などと、たくさん遊びました。この一年間を通してたくさんの人と出会うことができていい思い出ができました。 最後に、私の帰国前日に起こったことを呟きます。 帰国の準備をしている時に、着ない洋服たちを捨てれるボックスが韓国にはあるのでそこにいくつか洋服を捨てました。その中に、最終日遊びに行った時に来ていた上着もあったのですが、そのポケットに財布を入れたままでした。私はそのままそのボックスに捨ててしまったのです。その財布には、外国人登録証、日本のクレジットカードと色々入っていました。警察署や、マンションの管理人の方などに色々助けてもらいましたが、結局帰国も迫っていたため、手元に財布が戻ってくることなくそのまま帰りました。そして、同じ日にもう一つ事件がありました。財布の件で夜中まで起きていて警察の方と別れた後に、家に戻ろうとしたら、家の前に知らない人がいて、私の部屋の暗証番号を何回も押して、入ろうとしていました。私は怖くなり、管理人の方を呼びに行き、助けてもらいました。その方は酔っ払った方で階を間違えていたそうです。あまりにも最終日に色々ありましたが、無事に日本に帰ることができました。
アジア言語学科 3年 交換
【① 気候、衣服】  12月のジュイス・ジ・フォーラは、11月に引き続き天候の不安定さが見られるものの、季節としては完全に夏へと移行しました。月全体を通して気温は高く、月の最高気温は32℃、最低気温は15℃、平均気温はおよそ23℃となり、日本の初夏から真夏を思わせる気候が続きました。  11月までは朝晩に肌寒さを感じる日もありましたが、12月に入るとそうした冷え込みはほとんど見られなくなり、日中は汗ばむことが多くなりました。そのため、普段は半袖やタンクトップにショートパンツといった軽装で過ごすことが基本となり、衣服選びにおいても通気性や涼しさを重視するようになりました。  一方で、天候の安定度という点では注意が必要な月でもありました。晴天の日は11月と比べて増えたものの、突発的な豪雨に見舞われる日も少なくありませんでした。特に12月15日には、わずか1時間の間に85.8mmという非常に激しい雨が降り、道路の冠水やセントロ地区のショッピングモールの浸水、さらには山間部での土砂崩れなど、災害級と呼べる被害が各地で発生しました。   【② 学校生活と授業】  12月に入り、学校生活においては年末に向けて、発表や課題提出の機会が徐々に増えてきました。ブラジルの大学では、発表を通じて学習成果を示す場面が多く、日常的に人前で話す機会が頻繁に設けられていると感じています。  学習内容を直接問う定期テストに関しては、現地の学生と比べると十分な点数を取ることが難しい場面もあります。そのため、発表や課題については、内容や構成に十分な時間をかけ、毎回できる限り高いクオリティで提出することを意識して取り組んでいます。 ( 発表課題の具体的な内容については、各授業の授業内容の欄に記載しました。)  一方でスペイン語の年内最後の授業では、小規模な発表会が行われました。授業中に繰り返し練習してきたスペイン語の歌をクラス全員で歌ったほか、スペイン語圏の筆者によって書かれたポエムがその場で配布され、それをクラスメイトの前で音読するという活動も行われました。  私自身も、クラスメイトから急遽依頼を受け、彼が弾き語りで発表予定だった曲の中の日本語パートを担当することになりました。事前の準備時間はほとんどなく、本番で初めて歌う形となりましたが、強い緊張を感じつつも、無事に最後まで歌い上げることができました。 【③ 私生活】 日本人の会  今月は、留学生と現地で働く駐在員の方々が、半年に1度サンパウロに集まって開催される「日本人の会」に参加しました。前回もこの会に参加させていただきましたが、今回は2回目ということもあり、前回以上に積極的に行動し、この会で得られることを1つでも多く持ち帰ろうという気持ちで臨みました。  当日は複数のグループに分かれ、日系人コミュニティがブラジル社会に与えている影響や、AI 社会をどのように生きていくべきかといった、私たちの将来や仕事、生活に直結するテーマについて意見交換を行いました。その後、各グループで話し合った内容をまとめ、発表する機会も設けられました。  前回は緊張から思うように行動できなかった場面もありましたが、今回は積極的に駐在員の方に対して質問や意見を述べることができ、自身の将来の可能性を広げるために、より主体的に参加できたと感じています。  会の終了後には、参加者全員でシュハスコを囲み、和やかな雰囲気の中で交流を深めました。将来に対する素朴な疑問や不安から、日常生活やプライベートな話題に至るまで幅広く語り合うことができ、非常に有意義な時間を過ごすことができました。 田所商店ブラジル店!?  サンパウロを訪れる際は、久々に日本食を味わえる貴重な機会でもあるため、滞在中はなるべく日本食を食べるようにしています。今回もその一環として、友人に味噌ラーメンの店へ連れて行ってもらいましたが、そこで食べた一杯は、これまでブラジルで食べた日本食の中でも、最も強く印象に残るものとなりました。  今回訪れたのは「MISOYA RAMEN」という店です。日本食といえばリベルダージ地区を思い浮かべることが多いのですが、この店はパウリスタ通りから数分、MASPの近くにあります。この立地に本格的なラーメン屋があるとは知らず、訪問前から意外性を感じていました。  味噌ラーメンはもともと大好物であるため、期待しながら入店するとどこか見覚えのある店内… 違和感を覚えつつ席につきメニューを見た瞬間、思わずハッとしました。「田所商店だ!」  そうなんです、この店は神田外語大学の近くに本店を構える「田所商店」の海外店舗だったのです。幕張に通っていた頃から何度も足を運んでおり、日本に帰国したら必ず食べたい店リストの一つにも入れていため、まさかブラジルで再会することになるとは思ってもみませんでした。  日本で通っていた際、一番好きだった北海道味噌炙りチャーシューラーメンを注文し、待つこと数分、日本のものと全く同じ見た目のラーメンが運ばれてきました。失礼ながら、ブラジルでは写真と実際の商品が異なることも少なくないため、いくらチェーン店でノウハウがあるとはいえ、日本人の店員がいない環境で、ここまで再現度が高いとは正直予想していませんでした。  待ちきれずスープを一口味わった瞬間、味さえも日本とまったく同じであることに驚きを隠せませんでした。麺を啜っても、チャーシューを頬張っても、間違いなく日本で何度も味わった、あの田所商店の味でした。  ブラジルにある日本食は、日本食として提供されていても、味付けや完成度が日本と全く同じということはほとんどないのが現状です。しかし、このラーメンは例外で、味・見た目・店の雰囲気のすべてが日本での記憶と重なり、たった一杯のラーメンを通じて、日本で過ごしていた頃の思い出が蘇るほどの感動を覚えました。  たった一杯のラーメンに心を動かされ、強い満足感を抱きながら店を後にしました。後日調べてみると、同じ田所商店ブランドとして「SORA」という別のラーメン店も展開されていることを知りました。そちらでは醤油ラーメンも提供されているそうなので、次回サンパウロを訪れる際には、ぜひ足を運んでみたいと考えています。  ( ちなみに同じ同じと言ってますが、価格だけは大きく違い、一杯R$72にサービス料が加算されるので、価格は日本のおよそ2倍くらいします。そこだけが唯一の違いです。それでも食べに行く価値は十分あると思います!) Porto Alegre ポルトアレグレ  今月は、リオグランデ・ド・スル州のポルトアレグレを訪れました。大学2年時に拝野先生のブラジルの民族・地理という授業でこの地の存在を知り、最終課題にてガウーショ(カウボーイ)文化について調べて以来、この場所はブラジル滞在中に是非一度訪れたいなと思っていました。  愉快な港を意味するこの都市は、ブラジルでも有数の白人移民が多い都市で、ブラジルでありながらすれ違う人々の7割ほどが白人の方で、地理的な影響でアルゼンチンやウルグアイの文化なども感じられる、ブラジルの中でも他地域とは異なる独自の文化圏を形成している都市です。  都市の中には博物館や美術館館などが多く点在し、本来であればそれら全てを周りたかったのですが、訪れたのがクリスマスシーズンだったために、修繕工事や閉業期間に入ってしまい、何箇所かはお預けとなってしまいました。それでも有名な中央市場は営業しており、マテ茶のカップやBombilla(マテ茶用ストロー)、茶葉など現地ならではのお土産を購入することができました。  夜にはシュハスカリアを訪れました。リオグランデ・ド・スル州は、ガウーショ文化の中で発展したシュハスコの発祥地としても知られており、本場のシュハスコを一度は食べてみたいと思ってました。    店内に案内され本場のシュハスコといざ対面、一口食べてみると驚くほどジューシーで肉汁が溢れ出してきました。本場のシュハスコは、他州のもと比べ、肉自体に炭や煙の香りがしっかりと乗っており、高火力で一気に焼かれたためか外の皮は少し焦げが乗るほどカリカリで香ばしく、中はレアで美しいロゼ色に仕上がっていました。    今回は時間の都合で行くことができなかったですが、ブラジル最初のシュハスカリアとされる「Santo Antônio 」という店もここポルトアレグレにあるので、いつかまた次にこの街を訪れる機会があれば、改めて本場の味を求めて足を運びたいと考えています。 Gramado グラマド  グラマドは、ブラジル南部に位置する高原リゾートで、「ブラジルの中のヨーロッパ」とも呼ばれる街です。19世紀後半から20世紀初頭にかけて入植したポルトガル系、ドイツ系、イタリア系移民によって築かれたこの街は、ブラジルにありながらも、明らかに他の都市とは異なる空気をまとっていました。  街を歩くと、スイスやオーストリアなどのアルプス地方に見られるシャレー様式の建物が立ち並び、ヨーロッパの山岳リゾートに迷い込んだかのような錯覚を覚えます。冬には気温約8℃、年によっては0℃も記録したことがあるこの街では、夜にはチーズやチョコレートのフォンデュを楽しむ文化が根付き、街全体が「寒さを楽しむ場所」として完成されている印象を受けました。  また、グラマドは「イベントの街」としても知られています。ブラジル国内で高い評価を受けているグラマド映画祭が開催されるほか、年末には「Natal Luz」と呼ばれる大規模なクリスマスイベントが街全体を舞台に行われます。今回は、このNatal Luzのクリスマスパレードを見るために、グラマドを訪れました。  ポルトアレグレからバスに揺られること約3時間。街へと近づくにつれ、道路沿いには大量の紫陽花が咲き誇り、日本人の感覚では夏を連想させる花とクリスマスシーズンが同時に存在するという、不思議な季節感を味わいながら到着しました。  バスを降りた瞬間、目の前に広がっていたのは、クリスマス一色に染まったヨーロッパの街並みでした。ここが本当にブラジルなのかと疑ってしまうほど、建物の装飾や街灯、看板に至るまで細部まで作り込まれており、信号や電線さえも視界に入らず、テーマパークのような空間が広がっていました。  パレードが始まるまでの時間は、街を散策しながらチョコレート店や土産物店を巡り、カトリックの国で迎える初めてのクリスマスの雰囲気を存分に味わいました。日本のクリスマスとは異なり、各施設がバラバラにクリスマスの飾りつけをしているのではなく、街全体が本気でひとつのクリスマスを作り上げるその空気感に驚くほどの没入感を覚えました。  夜になると中央道路にパレード会場が設けられ、事前に購入していた有料席のチケットを手に入場しました。会場はこの日のために集まった観客で溢れかえり、パレードを一目見るための人々で会場周辺の道路は通行できないほどでした。  パレードが始まると、通りに張り巡らされたイルミネーションが一斉に点灯し、会場全体が強い光に包まれました。音楽が鳴り響く中、クリスマスの衣装に身を包んだキャストたちが次々と登場し、歌や踊り、観客へのファンサービスで、会場を一気に盛り上げていきました。  パレードは約1時間にわたって続き、その間、色鮮やかな山車が次々と目の前を通り過ぎていきました。それぞれの山車ごとに演出やテーマが異なり、照明の色や音楽の雰囲気も切り替わるためとても見応えがありました。上空からは人工の雪が絶え間なく降り注ぎ、生演奏で流れるクリスマスソングに合わせ自然と手拍子と笑顔が広がっていました。  気づけば私も、音楽と光、人々の歓声に包まれながら夢中になって楽しんでおり、視界に入るすべてが祝福に満ちていて、「クリスマスを祝う」という言葉の意味を初めて心の底から理解した瞬間だったように思います。ブラジルで迎えたこの夜は、私の心に強く残り、忘れることのできないクリスマスの思い出となりました。 リオデジャネイロで過ごすクリスマス  年末年始を過ごすため、リオグランデ・ド・スル州での旅の後、リオデジャネイロへと向かいました。  クリスマスイブにリオデジャネイロへ到着する予定だったため、グラマドでの壮大なクリスマスパレードを見た直後だったということもあり、リオデジャネイロのクリスマスはどのようなものなのかと楽しみにしていました。しかし、実際に過ごしてみると、その印象は一変しました。  リオでは、スーパーなどを含めたほぼすべての店が朝から晩まで閉まっており、iFood(ブラジル版Uber Eats)でさえも、注文受付後にキャンセルされ夕飯を食べられないといった状況に陥ってしまいました。  クリスマスには多くの店が閉まると事前にブラジル人から聞いていましたが、経済活動そのものがほぼ停止してしまうほどだとは想像しておらず、大きな驚きとカルチャーショックを受けました。 その一方で、日本では正月やクリスマス、お盆といった行事の時期であっても、生活に必要なサービスが一定程度維持されており、日常生活に大きな支障が出にくい社会構造になっていたことを改めて実感しました。  これから来る留学生の方は、クリスマス前から食材などを準備し、備えるようにしてください。 年末リオデジャネイロの治安  年末のリオデジャネイロは、国内外から多くの観光客が訪れる時期である一方で、治安は平常時と比べて明らかに悪化していると感じました。  実際に、私がリオデジャネイロを訪れる数日前には、在リオデジャネイロ日本国総領事館から、セントロ地区における邦人被害の強盗事件について注意喚起が出されていました。  12月17日午後3時頃には邦人男性2名が、また12月24日午後7時頃には邦人女性1名が、いずれもセントロ地区のカリオカ水道橋およびリオデジャネイロ大聖堂付近、Rua do Lavradio周辺において強盗被害に遭っています。  いずれの事件も被害者に怪我はなかったものの、あまり遅くない時間帯での発生であり、日中であっても決して油断できない治安状況であることが分かります。  私自身も、ブラジル人の家族とともに友人宅からセラロン階段へ向かう途中、リオデジャネイロ大聖堂前、カリオカ水道橋、Praça da Cruz Vermelha の前を通過しましたが、これらの3か所はいずれも特に注意が必要だと強く感じました。  中でもカリオカ水道橋周辺では、上半身裸の人々が30人ほど路上に座り込んだり、寝転がったりしており、明らかに異様な雰囲気が漂っていました。同行していた友人の父親に状況を尋ねたところ、「ここにいる人々のほとんどはクラック中毒者で、この辺りは本当に危険だ」と話しており、現地住民でさえ警戒するエリアであることを実感しました。  またセラロン階段からの帰り道にも、路上で男女のクラック中毒者と思われる人々による喧嘩に遭遇しました。女性が2m程ある角材で男性を殴り、それに激昂した男性が女性の顔面を拳で複数回殴る場面を目の当たりにしました。 非常に緊迫感のある衝撃的な光景でしたが、Uberの運転手は「セントロならこれくらいは日常だ」と話し、特に気にも留めていない様子でした。  この報告書を読んでいる方の中には、年越しをリオのコパカバーナで迎えようと考えている方もいるかもしれません。しかし、年末年始は特に観光客を狙った犯罪が増加する時期です。Uber乗車中であっても安易に携帯電話を使用せず、周囲の状況に常に注意を払いながら行動するなど、慎重すぎるくらいの意識で観光を楽しむことを強く勧めます。 【総括】  今月は、気候の変化や学業、私生活における多様な出来事を通して、ブラジルという国の特徴をより立体的に理解することができた1か月でした。夏本番を迎えたジュイス・ジ・フォーラでの生活に加え、南部のポルトアレグレやグラマド、そしてリオデジャネイロを訪れたことで、同じブラジル国内であっても、地域によって気候、文化、街の雰囲気、さらには人々の価値観まで大きく異なることを実感しました。  また、日本人の会への参加や授業内での発表などを通して、これまで以上に自ら発言し、行動する姿勢を意識できた月でもありました。特に前回の経験を踏まえ、「縮こまらずに一つでも多くを吸収する」という意識を持って臨めたことは、自身の成長を感じられる点で大きな収穫でした。  一方で、クリスマス期間中の経済活動の停止や、年末のリオデジャネイロで目にした治安の現実など、日本ではあまり意識することのない社会の側面にも直面しました。これらの経験を通じて、文化や価値観の違いは単なる知識として理解するものではなく、実際にその中で生活し、体験することで初めて実感を伴って理解できるのだと強く感じました。  今後も、安全面への配慮を怠らず、積極的に行動しながら、現地でしか得られない経験を一つひとつ自分の糧として積み重ねていきたいと考えています。  
イベロアメリカ言語学科 4年 交換
月次報告書12月分
名残惜しさが残る最終月
ついにジャカルタでの生活も最後になってしまいました。留学生活の最終月は、これまでで一番時間が早く過ぎ去った1ヶ月だったように感じています。プレゼンテーションにテスト、友人と出掛けたりなど、とても有意義な時間を過ごす事ができました。 📖 授業 今月も引き続き、月曜日と水曜日は文法を中心としたクラス、火曜日と木曜日はニュース記事を読むクラスに参加しています。さらに、初週にはプレゼンテーションがあったため、授業後に先生とプレゼンテーションの練習もしました。先生との練習の成果もあり、本番ではプレゼンテーションを見に来てくださった駐在妻の方達や先生が「上手だったよ!」「良かったよ!」などと褒めてくださって、さらに、人前で話す自信、インドネシア語を話す自信がつきました。最終日にはテストを受けたのですが、結果はまだわかっていません。 ☕️ 振り返って 今月は、ジャカルタで過ごす留学生活の最後の1ヶ月でした。到着した当初は、現地の情勢が不安定で、この先どのような留学生活になるのか不安に感じることもありました。しかし、4ヶ月が経った今では、まだインドネシアで生活していたいと感じるほど、この国での暮らしに愛着を持つようになっています。また、12月であるにもかかわらず、気温が30度を超える日が続き、街を歩いていても日本のような強いクリスマスムードを感じることはほとんどありませんでした。そのため、日本では味わうことのできない非日常的な空間を体験することができ、異なる季節感や文化を楽しめた点が特に印象に残っています。 この4ヶ月間を通して、インドネシア語の力は以前よりも確実に身についたと実感しています。一方で、まだまだ伸ばせる部分が多くあることにも気づきました。語学力をさらに高めるためには、教室で学ぶだけでなく、現地の人々と積極的に関わり、日常生活の中で言葉を使い続けることが何より大切だと感じています。また、人との関わりを通じて、言語だけでなく文化や考え方への理解も深まることを実感しました。この学びを今後も大切にし、帰国後もインドネシア語の学習を継続していきたいと考えています。 特に最終月となった今月は、日々の生活を通して、インドネシアの文化や歴史だけでなく、現在も発展を続けているインドネシアの強みや課題について考える機会が多い1ヶ月でした。現地で生活する中で得たこうした視点は、実際にこの国に身を置いたからこそ得られた気づきだと感じています。 また、今回の留学を通して、将来に対する考え方にも変化がありました。これまでは、結果や目に見える成果を重視しがちでしたが、実際に現地で生活する中で、自分自身がどのような経験をしてきたのか、その過程こそが大切であると感じるようになりました。特に就職活動を意識する中で、留学で得た経験を単なる実績として示すのではなく、自分の考え方や行動にどのような変化を与えたのかを伝えることが重要だと気づきました。インドネシアでの生活や学びを通して得た気づきや価値観は、今後の進路を考える上でも、大きな強みになると感じています。
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