[授業] 中旬からやっと授業が開始し、約半年ぶりに学生生活が再幕開けした。留学生を受け入れていない、と履修を断られてしまった通訳の授業は、どうしても受けたかった授業だから、諦めが悪く先生に直接メールをし、もう一度考え直して頂くように交渉した。有難いことにメールを読んで下さった先生にタイ語力を認められ、履修許可を頂けた。チャンスはやはり自分で作るものなのだな、とこのことを通して実感することができた。もちろん全てが順調であるわけではない、オールタイ語の授業で自身の語学力の不足自覚し、これからが不安になった。能力にあったタイ語を勉強する語学授業を選択すればいい話だが、それはそれで甘えているような気がして、せっかく学部留学をさせて頂いているから、タイ語はもちろん、学問についても深めていきたい。少し厳しい道のりになると実感しながら、二週間が経った。自分のやり方に不安も抱いているが、プライドが高いせいか、今のやり方を諦めたくないという気持ちの方が強い。もちろん、留学仲間からの励ましでなんとか前に進めている。 [気候] 雨季なので、ゲリラ豪雨がほぼ毎日降る。最初は暑くて仕方がなかったタイの天気だが、いつの間にかすっかり慣れてしまい、家にいる時は冷房をつけなくても快適に過ごせるようになった。それでも夕方四時の蒸し暑さに慣れるまで、まだ時間がかかりそう。 [食事] タイ料理に体がまだ慣れていないせいか、消化器官の状態が優れない。趣味の一つに料理があるほど、ご飯を作ることは好きなので、タイ料理以外を食べたくなることを予想して、自炊をすることが許されているコンドミニアムを探した。しかし、IH用の鍋を買い間違てしまい、今月は自炊をすることができなかった。 [生活] 5月末にタイに到着し、最初の一・二週間は生活用品の買い出しと住環境の整頓で忙しかった。どこの国でも新生活を始めるとなると、初期費用がかなりかかるということを実感。物価は日本より断然安いが、それでもかなりの出費になった。詳しくは留学が終わった時の最終まとめレポートに記載しようと思う。母と一緒に渡タイしたから、大学の空港ピックアップサービスは利用しないことにした。母とチェンマイで数日間滞在したのち、タイ語も英語も話せない母を無事に日本へ帰らすために、一緒にバンコクまで戻り、そのままバンコクに数日間滞在し、観光を楽しむことに決めた。 その後、一人でチェンマイに戻ったが、予期せぬ激しいホームシックに陥ってしまった。日本とは全く違うこの環境に戸惑いを感じてしまったのと、家族の元を離れて一人で海外生活をするんだ、という実感が突然湧き上がってきてしまったのだ。母と一緒に過ごした一週間は、まだ「留学生」としての自覚はなく、どちらかというと、自分を「観光客」というポジションに位置づけていたのだと思う。気持ちの整理がつかないまま、屋外にも出ようとせず、自分を部屋に閉じ込めてしまった。その結果、良くなるどころかむしろ拗らせてしまい、毎日起きれば「自分はなんでここにいるんだろう」「どうして留学をすることにしたんだっけ」「留学って辞めれるかな」「親にも心配をかけてるし親不孝だ」と考えていた。 日本にいる友達やお世話になった先生に悩みを打ち明けると、「まだ学校が始まってないからだよ、学校が始まれば友達ができて、きっと来てよかったって思えるよ」と励まされた。そうなることを願いながら、学校が始まるのをひたすら待った。 まさか自分がこんな気持ちになるなんて、留学前は思いもしなかった。日本にいるときも留学生と常に一緒に行動をしていたから、タイ社会にすぐに慣れると思っていた。しかし実際は、コンビニ店員さんのツンとした接客態度ですら、メンタルにダメージを負うほど、日本社会に溶け込み過ぎていた。留学前に先生から「留学に行ってタイのことを苦手になったらどうしよう。」と心配されていた。その時は、「先生心配しすぎだよ!」と明るく返事したが、今同じ質問をされたら、同じように答えられる自信がない。未知の生活に過剰な期待を込め過ぎてしまった結果、現実との落差を感じた時にうまくダメージを回避することができない。来月からは気持ちを入れ替えて、後悔が残らない留学生活を送りたい。
内訳 | 費用(現地通貨) | 日本円換算 |
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家賃 | 10,000 | 43,785円 |
水道光熱費 | 471 | 2,062円 |
学費・教材費 | 300 | 1,314円 |
交通費 | 3,000 | 13,136円 |
通信費 | 263 | 1,152円 |
食費・その他 | 20,000 | 87,570円 |
合計 | 34,034 | 149,019円 |