【① 気候、衣服】 12月のジュイス・ジ・フォーラは、11月に引き続き天候の不安定さが見られるものの、季節としては完全に夏へと移行しました。月全体を通して気温は高く、月の最高気温は32℃、最低気温は15℃、平均気温はおよそ23℃となり、日本の初夏から真夏を思わせる気候が続きました。 11月までは朝晩に肌寒さを感じる日もありましたが、12月に入るとそうした冷え込みはほとんど見られなくなり、日中は汗ばむことが多くなりました。そのため、普段は半袖やタンクトップにショートパンツといった軽装で過ごすことが基本となり、衣服選びにおいても通気性や涼しさを重視するようになりました。 一方で、天候の安定度という点では注意が必要な月でもありました。晴天の日は11月と比べて増えたものの、突発的な豪雨に見舞われる日も少なくありませんでした。特に12月15日には、わずか1時間の間に85.8mmという非常に激しい雨が降り、道路の冠水やセントロ地区のショッピングモールの浸水、さらには山間部での土砂崩れなど、災害級と呼べる被害が各地で発生しました。 【② 学校生活と授業】 12月に入り、学校生活においては年末に向けて、発表や課題提出の機会が徐々に増えてきました。ブラジルの大学では、発表を通じて学習成果を示す場面が多く、日常的に人前で話す機会が頻繁に設けられていると感じています。 学習内容を直接問う定期テストに関しては、現地の学生と比べると十分な点数を取ることが難しい場面もあります。そのため、発表や課題については、内容や構成に十分な時間をかけ、毎回できる限り高いクオリティで提出することを意識して取り組んでいます。 ( 発表課題の具体的な内容については、各授業の授業内容の欄に記載しました。) 一方でスペイン語の年内最後の授業では、小規模な発表会が行われました。授業中に繰り返し練習してきたスペイン語の歌をクラス全員で歌ったほか、スペイン語圏の筆者によって書かれたポエムがその場で配布され、それをクラスメイトの前で音読するという活動も行われました。 私自身も、クラスメイトから急遽依頼を受け、彼が弾き語りで発表予定だった曲の中の日本語パートを担当することになりました。事前の準備時間はほとんどなく、本番で初めて歌う形となりましたが、強い緊張を感じつつも、無事に最後まで歌い上げることができました。 【③ 私生活】 日本人の会 今月は、留学生と現地で働く駐在員の方々が、半年に1度サンパウロに集まって開催される「日本人の会」に参加しました。前回もこの会に参加させていただきましたが、今回は2回目ということもあり、前回以上に積極的に行動し、この会で得られることを1つでも多く持ち帰ろうという気持ちで臨みました。 当日は複数のグループに分かれ、日系人コミュニティがブラジル社会に与えている影響や、AI 社会をどのように生きていくべきかといった、私たちの将来や仕事、生活に直結するテーマについて意見交換を行いました。その後、各グループで話し合った内容をまとめ、発表する機会も設けられました。 前回は緊張から思うように行動できなかった場面もありましたが、今回は積極的に駐在員の方に対して質問や意見を述べることができ、自身の将来の可能性を広げるために、より主体的に参加できたと感じています。 会の終了後には、参加者全員でシュハスコを囲み、和やかな雰囲気の中で交流を深めました。将来に対する素朴な疑問や不安から、日常生活やプライベートな話題に至るまで幅広く語り合うことができ、非常に有意義な時間を過ごすことができました。 田所商店ブラジル店!? サンパウロを訪れる際は、久々に日本食を味わえる貴重な機会でもあるため、滞在中はなるべく日本食を食べるようにしています。今回もその一環として、友人に味噌ラーメンの店へ連れて行ってもらいましたが、そこで食べた一杯は、これまでブラジルで食べた日本食の中でも、最も強く印象に残るものとなりました。 今回訪れたのは「MISOYA RAMEN」という店です。日本食といえばリベルダージ地区を思い浮かべることが多いのですが、この店はパウリスタ通りから数分、MASPの近くにあります。この立地に本格的なラーメン屋があるとは知らず、訪問前から意外性を感じていました。 味噌ラーメンはもともと大好物であるため、期待しながら入店するとどこか見覚えのある店内… 違和感を覚えつつ席につきメニューを見た瞬間、思わずハッとしました。「田所商店だ!」 そうなんです、この店は神田外語大学の近くに本店を構える「田所商店」の海外店舗だったのです。幕張に通っていた頃から何度も足を運んでおり、日本に帰国したら必ず食べたい店リストの一つにも入れていため、まさかブラジルで再会することになるとは思ってもみませんでした。 日本で通っていた際、一番好きだった北海道味噌炙りチャーシューラーメンを注文し、待つこと数分、日本のものと全く同じ見た目のラーメンが運ばれてきました。失礼ながら、ブラジルでは写真と実際の商品が異なることも少なくないため、いくらチェーン店でノウハウがあるとはいえ、日本人の店員がいない環境で、ここまで再現度が高いとは正直予想していませんでした。 待ちきれずスープを一口味わった瞬間、味さえも日本とまったく同じであることに驚きを隠せませんでした。麺を啜っても、チャーシューを頬張っても、間違いなく日本で何度も味わった、あの田所商店の味でした。 ブラジルにある日本食は、日本食として提供されていても、味付けや完成度が日本と全く同じということはほとんどないのが現状です。しかし、このラーメンは例外で、味・見た目・店の雰囲気のすべてが日本での記憶と重なり、たった一杯のラーメンを通じて、日本で過ごしていた頃の思い出が蘇るほどの感動を覚えました。 たった一杯のラーメンに心を動かされ、強い満足感を抱きながら店を後にしました。後日調べてみると、同じ田所商店ブランドとして「SORA」という別のラーメン店も展開されていることを知りました。そちらでは醤油ラーメンも提供されているそうなので、次回サンパウロを訪れる際には、ぜひ足を運んでみたいと考えています。 ( ちなみに同じ同じと言ってますが、価格だけは大きく違い、一杯R$72にサービス料が加算されるので、価格は日本のおよそ2倍くらいします。そこだけが唯一の違いです。それでも食べに行く価値は十分あると思います!) Porto Alegre ポルトアレグレ 今月は、リオグランデ・ド・スル州のポルトアレグレを訪れました。大学2年時に拝野先生のブラジルの民族・地理という授業でこの地の存在を知り、最終課題にてガウーショ(カウボーイ)文化について調べて以来、この場所はブラジル滞在中に是非一度訪れたいなと思っていました。 愉快な港を意味するこの都市は、ブラジルでも有数の白人移民が多い都市で、ブラジルでありながらすれ違う人々の7割ほどが白人の方で、地理的な影響でアルゼンチンやウルグアイの文化なども感じられる、ブラジルの中でも他地域とは異なる独自の文化圏を形成している都市です。 都市の中には博物館や美術館館などが多く点在し、本来であればそれら全てを周りたかったのですが、訪れたのがクリスマスシーズンだったために、修繕工事や閉業期間に入ってしまい、何箇所かはお預けとなってしまいました。それでも有名な中央市場は営業しており、マテ茶のカップやBombilla(マテ茶用ストロー)、茶葉など現地ならではのお土産を購入することができました。 夜にはシュハスカリアを訪れました。リオグランデ・ド・スル州は、ガウーショ文化の中で発展したシュハスコの発祥地としても知られており、本場のシュハスコを一度は食べてみたいと思ってました。 店内に案内され本場のシュハスコといざ対面、一口食べてみると驚くほどジューシーで肉汁が溢れ出してきました。本場のシュハスコは、他州のもと比べ、肉自体に炭や煙の香りがしっかりと乗っており、高火力で一気に焼かれたためか外の皮は少し焦げが乗るほどカリカリで香ばしく、中はレアで美しいロゼ色に仕上がっていました。 今回は時間の都合で行くことができなかったですが、ブラジル最初のシュハスカリアとされる「Santo Antônio 」という店もここポルトアレグレにあるので、いつかまた次にこの街を訪れる機会があれば、改めて本場の味を求めて足を運びたいと考えています。 Gramado グラマド グラマドは、ブラジル南部に位置する高原リゾートで、「ブラジルの中のヨーロッパ」とも呼ばれる街です。19世紀後半から20世紀初頭にかけて入植したポルトガル系、ドイツ系、イタリア系移民によって築かれたこの街は、ブラジルにありながらも、明らかに他の都市とは異なる空気をまとっていました。 街を歩くと、スイスやオーストリアなどのアルプス地方に見られるシャレー様式の建物が立ち並び、ヨーロッパの山岳リゾートに迷い込んだかのような錯覚を覚えます。冬には気温約8℃、年によっては0℃も記録したことがあるこの街では、夜にはチーズやチョコレートのフォンデュを楽しむ文化が根付き、街全体が「寒さを楽しむ場所」として完成されている印象を受けました。 また、グラマドは「イベントの街」としても知られています。ブラジル国内で高い評価を受けているグラマド映画祭が開催されるほか、年末には「Natal Luz」と呼ばれる大規模なクリスマスイベントが街全体を舞台に行われます。今回は、このNatal Luzのクリスマスパレードを見るために、グラマドを訪れました。 ポルトアレグレからバスに揺られること約3時間。街へと近づくにつれ、道路沿いには大量の紫陽花が咲き誇り、日本人の感覚では夏を連想させる花とクリスマスシーズンが同時に存在するという、不思議な季節感を味わいながら到着しました。 バスを降りた瞬間、目の前に広がっていたのは、クリスマス一色に染まったヨーロッパの街並みでした。ここが本当にブラジルなのかと疑ってしまうほど、建物の装飾や街灯、看板に至るまで細部まで作り込まれており、信号や電線さえも視界に入らず、テーマパークのような空間が広がっていました。 パレードが始まるまでの時間は、街を散策しながらチョコレート店や土産物店を巡り、カトリックの国で迎える初めてのクリスマスの雰囲気を存分に味わいました。日本のクリスマスとは異なり、各施設がバラバラにクリスマスの飾りつけをしているのではなく、街全体が本気でひとつのクリスマスを作り上げるその空気感に驚くほどの没入感を覚えました。 夜になると中央道路にパレード会場が設けられ、事前に購入していた有料席のチケットを手に入場しました。会場はこの日のために集まった観客で溢れかえり、パレードを一目見るための人々で会場周辺の道路は通行できないほどでした。 パレードが始まると、通りに張り巡らされたイルミネーションが一斉に点灯し、会場全体が強い光に包まれました。音楽が鳴り響く中、クリスマスの衣装に身を包んだキャストたちが次々と登場し、歌や踊り、観客へのファンサービスで、会場を一気に盛り上げていきました。 パレードは約1時間にわたって続き、その間、色鮮やかな山車が次々と目の前を通り過ぎていきました。それぞれの山車ごとに演出やテーマが異なり、照明の色や音楽の雰囲気も切り替わるためとても見応えがありました。上空からは人工の雪が絶え間なく降り注ぎ、生演奏で流れるクリスマスソングに合わせ自然と手拍子と笑顔が広がっていました。 気づけば私も、音楽と光、人々の歓声に包まれながら夢中になって楽しんでおり、視界に入るすべてが祝福に満ちていて、「クリスマスを祝う」という言葉の意味を初めて心の底から理解した瞬間だったように思います。ブラジルで迎えたこの夜は、私の心に強く残り、忘れることのできないクリスマスの思い出となりました。 リオデジャネイロで過ごすクリスマス 年末年始を過ごすため、リオグランデ・ド・スル州での旅の後、リオデジャネイロへと向かいました。 クリスマスイブにリオデジャネイロへ到着する予定だったため、グラマドでの壮大なクリスマスパレードを見た直後だったということもあり、リオデジャネイロのクリスマスはどのようなものなのかと楽しみにしていました。しかし、実際に過ごしてみると、その印象は一変しました。 リオでは、スーパーなどを含めたほぼすべての店が朝から晩まで閉まっており、iFood(ブラジル版Uber Eats)でさえも、注文受付後にキャンセルされ夕飯を食べられないといった状況に陥ってしまいました。 クリスマスには多くの店が閉まると事前にブラジル人から聞いていましたが、経済活動そのものがほぼ停止してしまうほどだとは想像しておらず、大きな驚きとカルチャーショックを受けました。 その一方で、日本では正月やクリスマス、お盆といった行事の時期であっても、生活に必要なサービスが一定程度維持されており、日常生活に大きな支障が出にくい社会構造になっていたことを改めて実感しました。 これから来る留学生の方は、クリスマス前から食材などを準備し、備えるようにしてください。 年末リオデジャネイロの治安 年末のリオデジャネイロは、国内外から多くの観光客が訪れる時期である一方で、治安は平常時と比べて明らかに悪化していると感じました。 実際に、私がリオデジャネイロを訪れる数日前には、在リオデジャネイロ日本国総領事館から、セントロ地区における邦人被害の強盗事件について注意喚起が出されていました。 12月17日午後3時頃には邦人男性2名が、また12月24日午後7時頃には邦人女性1名が、いずれもセントロ地区のカリオカ水道橋およびリオデジャネイロ大聖堂付近、Rua do Lavradio周辺において強盗被害に遭っています。 いずれの事件も被害者に怪我はなかったものの、あまり遅くない時間帯での発生であり、日中であっても決して油断できない治安状況であることが分かります。 私自身も、ブラジル人の家族とともに友人宅からセラロン階段へ向かう途中、リオデジャネイロ大聖堂前、カリオカ水道橋、Praça da Cruz Vermelha の前を通過しましたが、これらの3か所はいずれも特に注意が必要だと強く感じました。 中でもカリオカ水道橋周辺では、上半身裸の人々が30人ほど路上に座り込んだり、寝転がったりしており、明らかに異様な雰囲気が漂っていました。同行していた友人の父親に状況を尋ねたところ、「ここにいる人々のほとんどはクラック中毒者で、この辺りは本当に危険だ」と話しており、現地住民でさえ警戒するエリアであることを実感しました。 またセラロン階段からの帰り道にも、路上で男女のクラック中毒者と思われる人々による喧嘩に遭遇しました。女性が2m程ある角材で男性を殴り、それに激昂した男性が女性の顔面を拳で複数回殴る場面を目の当たりにしました。 非常に緊迫感のある衝撃的な光景でしたが、Uberの運転手は「セントロならこれくらいは日常だ」と話し、特に気にも留めていない様子でした。 この報告書を読んでいる方の中には、年越しをリオのコパカバーナで迎えようと考えている方もいるかもしれません。しかし、年末年始は特に観光客を狙った犯罪が増加する時期です。Uber乗車中であっても安易に携帯電話を使用せず、周囲の状況に常に注意を払いながら行動するなど、慎重すぎるくらいの意識で観光を楽しむことを強く勧めます。 【総括】 今月は、気候の変化や学業、私生活における多様な出来事を通して、ブラジルという国の特徴をより立体的に理解することができた1か月でした。夏本番を迎えたジュイス・ジ・フォーラでの生活に加え、南部のポルトアレグレやグラマド、そしてリオデジャネイロを訪れたことで、同じブラジル国内であっても、地域によって気候、文化、街の雰囲気、さらには人々の価値観まで大きく異なることを実感しました。 また、日本人の会への参加や授業内での発表などを通して、これまで以上に自ら発言し、行動する姿勢を意識できた月でもありました。特に前回の経験を踏まえ、「縮こまらずに一つでも多くを吸収する」という意識を持って臨めたことは、自身の成長を感じられる点で大きな収穫でした。 一方で、クリスマス期間中の経済活動の停止や、年末のリオデジャネイロで目にした治安の現実など、日本ではあまり意識することのない社会の側面にも直面しました。これらの経験を通じて、文化や価値観の違いは単なる知識として理解するものではなく、実際にその中で生活し、体験することで初めて実感を伴って理解できるのだと強く感じました。 今後も、安全面への配慮を怠らず、積極的に行動しながら、現地でしか得られない経験を一つひとつ自分の糧として積み重ねていきたいと考えています。
| 内訳 | 費用(現地通貨) | 日本円換算 |
|---|---|---|
| 家賃 | 800 | 23,004円 |
| 水道光熱費 | 0 | 0円 |
| 学費・教材費 | 0 | 0円 |
| 交通費 | 1,412.66 | 40,620円 |
| 通信費 | 80.9 | 2,326円 |
| 食費・その他 | 3,700 | 106,391円 |
| 合計 | 5,993.56 | 172,341円 |