「初めて」に触れていた自分はもういない。気づいた頃には、景色も、匂いも、音も、人との繋がりも、すべてが自分にとって当たり前の「日常」になっていた。そんな日常のなかで新たな場所を訪れ、出会い、特別な瞬間をたくさん残してきた。 その日常はいつか「あの頃日常だったもの」に変わり、帰ってしまえば止まっていた日本での日常が動き出す。留学は永遠の日常にはなれない。そして手放さなければならない。その現実が今の自分にとってなによりつらく、涙がこぼれる。 それでも、この場所で出会った人々や積み重ねてきた経験は、帰国後も永遠に残り続ける。そう考えたらもう寂しくない。またすぐに帰ってくるから。 【大学・イベント】 授業は5月で全て終了したが、月初めには大学でアジアフェスティバルが開催され、日本・中国・韓国の文化を紹介する企画に参加した。折り紙を折ったり、中国語や韓国語で名前を書いてもらったり、バブルティーを味わったり、韓国の伝統的な遊びを体験したりと、アジアの文化を改めて楽しむ機会になった。ポルトガルで日本文化に触れるという不思議な感覚も印象に残っている。 【旅行・文化】 これまで訪れたかった場所へ足を運んだ。2泊3日で一人旅をしたポルトでは、夕暮れのドン・ルイス一世橋や歴史ある街並みを歩いた。地下鉄の駅から地上にあがるとそこには壮大なアズレージョを壁にあしらった教会が目に飛び込んできた。ガロ(雄鶏)の聖地バルセロスでは、充電器の不調で困っていた際に、電車で偶然出会った現地の方が街を案内してくださった。何気ない会話をしながら歩き回り、観光だけでは知ることのできない地元の魅力にも触れることができた。一人旅だったからこそ生まれた、人との温かい出会いだった。 また、友人とマデイラ島を訪れた。ビーチやCR7博物館、ロープウェイで植物園などを巡り、リスボンとは異なる豊かな自然を満喫した。天候にはあまり恵まれなかったものの、鮮やかな植物や島ならではの景色はとても印象的だった。マデイラ名物のPonchaやBolo de cacoを楽しんだ。 帰国前には、一人でサン・ジョルジェ城やロカ岬も訪れた。ロカ岬では留学生活の記念として到達証明書を受け取り、スタッフの方から「ここで生活できているだけでもすごいことだ」と励ましの言葉をかけてもらった。また、以前から通っていたアズレージョのお店では、「日常生活でポルトガル語が自然と思い浮かぶなら、それだけでも成長している証拠だよ」と声をかけてもらい、自分では気付かなかった成長を改めて実感することができた。 【交友関係】 コメルシオ広場ではワールドカップのパブリックビューイングにも参加した。たまたまリスボンに観光に来ていた、ヨーロッパ各地へ留学している日本人学生たちと交流し、それぞれの留学生活について語り合うことができた。留学先は違っても、同じように海外で挑戦している仲間と出会えたことは嬉しい思い出である。日本人サポーターの人数は想像以上に多かったが、それ以上に驚いたのは、日本やポルトガル以外の国の方で日本を応援している方が多かったことだ。試合後は対戦相手であるオランダのサポーターと話をしたり、記念撮影をして交流した。異国の地で自国が頑張る姿を観戦したことで、日本では経験できないような様々な国の人々の繋がりを得られた瞬間だった。 帰国前日には友人と水族館を訪れ、最後に手紙を渡して別れを告げた。その後は寮で親しくなったブラジル人の親子にも挨拶をし、「あなたは私の日本人の娘だよ」と温かい言葉をかけてもらった。言葉にできないほど寂しかったが、それ以上に、この留学で築いた人とのつながりの大きさを感じた瞬間だった。 【気候】 6月は夏らしい暑い日が続き、旅行や散策にはぴったりの季節だった。一方で、マデイラ島では曇りや雨の日もあったが、そのおかげで植物がより鮮やかに見え、島ならではの自然を楽しむことができた。
| 内訳 | 費用(現地通貨) | 日本円換算 |
|---|---|---|
| 家賃 | 835 | 155,003円 |
| 水道光熱費 | 0 | 0円 |
| 学費・教材費 | 0 | 0円 |
| 交通費 | 0 | 0円 |
| 通信費 | 0 | 0円 |
| 食費・その他 | 30 | 5,569円 |
| 合計 | 865 | 160,572円 |