月次報告書 2025-09
プロフィール
学科
イベロアメリカ言語学科
学年
4年
専攻
ブラジル・ポルトガル語専攻
留学期間
2025-04-01 ~ 2026-01-31
留学種別
交換
生活編
9月分報告書 旅する冬休み、始まる後期

【① 気候、衣服】  9月のジュイス・ジ・フォーラは、冬から春へと移り変わる季節で、気候はとても過ごしやすいものでした。最高気温はおよそ27℃、最低気温は13〜15℃ほどで、朝晩はひんやりとしながらも、日中は太陽が出ると一気に暖かさを感じる日々が続きました。  季節の変わり目ということもあり、晴れた日には半袖で快適に過ごせる一方、寒冷前線の影響で気温が急に下がる日もあり、前日との気温差が10℃近くになることもありました。そのため、軽い上着を持ち歩き、天候の変化に合わせて衣服を調整する日が多かったです。  また、これまで乾季特有の澄んだ青空が続いていましたが、今月は曇りや小雨の日も少しずつ増え、季節の移り変わりを実感しました。全体としては、日本の3月〜4月頃の気候に近く、ブラジルの春の訪れを感じながら、少しずつ街の雰囲気や空気の湿度の変化も感じられる時期となりました。 【② 学校生活と授業】  9月半ばに冬休みが終わり、新学期が始まりました。前期と同様、履修登録では今回も苦戦を強いられました。  希望する講義を試しに受講しながら時間割を組み立てていましたが、UFJFでは授業時間帯の幅が非常に広く、朝8時から夜23時まで設定されています。さらに、講義によっては同じ科目の複数レベルが同時開講されていることもあり、希望する授業のレベル選択や、他科目との時間調整など、日本の大学以上に慎重な計画が求められました。  加えて、大学の敷地が非常に広大であるため、日本ではあまり意識することのなかった講義間の移動時間や距離も重要な要素となり、教室間の位置関係を確認しながらスケジュールを組む必要がありました。最終的には、移動負担と履修希望のバランスを取りつつ、試行錯誤を重ねて時間割を完成させました。  前期は講義系科目を多く履修した関係で、語学科目を取り入れることができませんでした。しかし、語学力を維持しさらに向上させたいという思いから、今学期は英語とスペイン語を必ず履修する方針で臨みました。特にスペイン語は、7月のイグアス旅行でアルゼンチンを訪れた際に、その重要性を改めて痛感し、学習意欲が一層高まったことが要因です。  ただし、今期の履修登録も一筋縄ではいかず、慎重に組み上げた時間割には、後から開講されないことが判明した講義も含まれていたほか、ポルトガル語の授業の教室が前期とは別の棟に変更されていたことに気づかず、初回授業に参加できないというハプニングもありました。また、前期同様に先生方のバカンス明けが遅れるケースも多く、「実際に行ってみるまで授業があるか分からない」というブラジルスタイルに、今学期も振り回される場面がありました。  最終的に、後期は語学科目のみを履修することになりましたが、各科目が週2回開講されるため、結果的に前期より登校日数は増えました。今学期は学生生活最後の学期でもあるため、これまで培った学びを確実に自分のものにし、良い形で締めくくることができるよう、引き続き努力してまいります。 【③ 私生活】 Recife ヘシフェ  冬休みを利用し、サンパウロ大学の学生とともにブラジル北東部ペルナンブーコ州の都市、ヘシフェを訪れました。今回は、サンパウロ発の航空券が比較的安価であったため、飛行機での移動を選択しました。    ヘシフェは「ブラジルのヴェネツィア」とも呼ばれ、運河が多く美しい景観が広がるほか、ビーチや歴史的建造物が人気の観光地です。一方で、北東部は貧富の差が大きく、リオデジャネイロと同様に犯罪発生率も高い地域であるため、事前に宿泊地や観光地、危険エリアについて慎重に情報収集を行いました。滞在先は、治安が比較的安定している高級住宅街 Boa Viagem地区を選択し、安全に配慮しながら観光を楽しみました。 Porto de galinhas ポルトデガリーニャス  ヘシフェ旅行で最初に訪れたのは、美しいビーチで知られるポルト・デ・ガリーニャスです。このビーチは、ブラジルの観光誌『ボヤージュ&ツーリズム』主催のランキングで、8回連続「ベスト・ブラジリアン・ビーチ」に選ばれるほどの人気を誇ります。    あいにく私たちが訪れた日は曇りがちの天候でしたが、ビーチには無数のパラソルが並び、観光客や地元の人々で賑わっていました。パラソルを借り、安全のため、荷物をひとつにまとめて交代で海に入りました。海は透明度が高く、砂浜も白く清掃が行き届いており、日本のビーチよりも格段に整備されていることを実感しました。  近くで購入したボールを使ってサッカーやビーチバレーを楽しみ、少し遠くまで泳ぐなどして思う存分海を満喫しました。リオのコパカバーナビーチなどは以前訪れたことがありますが、泳いだのは今回が初めてで、ブラジルの海で初めて泳いだという経験は特に思い出に残りました。  途中、短時間ですがゲリラ豪雨のようなスコールが降りましたが、すぐに止んだため大きな影響はありませんでした。  ビーチを後にして少し歩くと、すぐ近くに多くのお土産屋が並んでおり、北東部ならではの置き物や、ガリーニャス(鶏)をモチーフにしたお土産などもたくさん販売されていました。 Olinda オリンダ    次の日は市内観光を行いました。ヘシフェで外せない観光地といえばオリンダです。街の名前はポルトガル語の「Ó, linda!(なんて美しい!)」に由来しています。オリンダ地区は、ブラジルで最も保存状態が良く、植民地時代の建物が残る地域で、世界文化遺産にも登録されています。  街は中世ヨーロッパの風景を思わせる建築物や、黄色、青、赤、ピンクといったカラフルな壁を持つ家々が立ち並ぶことが特徴で、まるでディズニーの世界観に迷い込んだかのような美しい景色が広がっていました。  また、オリンダ地区は高台に位置しているため、建物の合間を抜けた先にはヘシフェの街並みや美しいビーチを一望できる場所が多くありました。 Centro de Artesanato de Pernambuco ペルナンブーコ州手工芸センター  マルコ・ゼロ広場のすぐ隣にある、ペルナンブーコ州の手工芸品を集めた大型展示販売施設です。州内の1,500人以上の職人によって作られた、陶器・木工・ガラス・金属を用いた2万点以上の作品が並んでいます。どれもクリエイティビティとオリジナリティにあふれ、見ているだけでもとても楽しい場所です。置物から家具まで、さまざまなものが展示されています。  実際に購入することも可能ですが、値段は高く、15万円を超える品も少なくありません。それでも、ここでしか手に入らないであろう作品が多く揃っているため、お金を貯めてまた訪れたいと思わせる魅力的な場所でした。 Nordeste(北東部)料理  お昼時には、地元で有名なノルデスチ料理のレストランを訪れました。 ブラジル北東部の料理は、ヨーロッパとアフリカの文化が混ざり合って発展したと言われています。海が近い地域ということもあり、魚介類を使った料理が多く見られる一方、ポルトガル由来の肉と野菜の煮込み料理、アフリカ由来の香辛料やヤシ油を用いたコクのある料理など、多様な食文化が共存しているのが特徴です。  今回私が注文したのは、この店の一番人気メニュー Ensopado de Cabra(子ヤギ肉の煮込み)。 見た目はカレーに近く、複数の香辛料でじっくり煮込まれたその料理は、運ばれてきた瞬間から独特で芳醇な香りを放っていました。  ひと口食べると……これがもう絶品! 香辛料がしっかり染み込んだ子ヤギ肉はホロホロと柔らかく、深い旨味とほんのりスパイシーな後味。ブラジル料理はもちろん、和食と比べても遜色ないどころか、むしろ衝撃を受けるほどの美味しさでした。お米との相性も抜群で、日本の料理に例えるなら、味の染みた豚の角煮をご飯と一緒に食べる感覚に近いかもしれません。  ノルデスチ料理は独特で好みが分かれると聞いていましたが、私にはドンピシャ。 「日本食以外に、ここまで自分の好みの味が存在したのか…!」と心の底から驚かされました。  食後には、すっかり虜になり、気づけばスマホで“自宅から通えるノルデスチ料理店”を夢中で検索していました。新しい食文化を発見した満足感と喜びでいっぱいの食事体験でした。 Instituto Ricardo Brennand リカルド・ブレンナンド博物館  ヘシフェ最後の観光地として、内陸部に位置するリカルド・ブレンナンド博物館を訪れました。この博物館は、実業家リカルド・ブレンナンド氏の個人コレクションを基礎に設立されたもので、中世ヨーロッパの城を思わせる壮麗な建築と、世界有数の武器コレクションを所蔵していることで知られています。    館内には絵画や彫刻だけでなく、中世の鎧や剣、火器など多様な展示が並び、過去には南米No.1博物館に選ばれたこともあります。特に、ヘシフェがオランダに占領されていた17世紀に関連する品々が多く、当時の歴史や文化を視覚的に理解できる内容でした。巨大な古地球儀のほか、当時の人物や服装を精巧に再現した蝋人形の展示室もあり、まるで17世紀の世界に入り込んだかのような没入感がありました。  なかでも圧巻だったのは「鎧のホール」です。部屋に入った瞬間、無数の甲冑騎士が立ち並ぶ光景が広がり、中世の軍勢に囲まれたような迫力を体感しました。隣の展示室には、刀剣から古式銃器まで幅広い武器が整然と並び、武器技術の発展を一望することができました。  滞在時間は約2時間と限られていましたが、それでも心が満たされるほど濃密な時間でした。次の機会があれば、もっと時間をかけてじっくり鑑賞したいと思わせる、非常に価値のある文化体験でした。 Salvador サルバドール  ヘシフェでの滞在を終え、長距離バスで約13時間かけて南下し、バイーア州の州都サルバドールを訪れました。サルバドールはブラジルの旧首都であり、かつて大西洋奴隷貿易の中心地として栄えた歴史を持つ都市です。サンバ発祥の地としても知られ、リオと並ぶ規模のカーニバルが開催されるなど、ブラジル文化の中枢として重要な役割を果たしてきました。ヘシフェ同様、旧市街の都市景観はユネスコ世界文化遺産に登録されており、歴史と文化が重厚に息づく街です。 Mercado Modelo モデーロ市場  サルバドールの低地エリア、港の目の前に位置する市場で、「ブラジル最大の手工芸品ショッピングセンター」とも称されます。200以上の小規模店舗が軒を連ね、バイーアならではの民芸品、木彫り、レース編み、カンドンブレ(アフリカ系ブラジル宗教)関連の品々、カシャッサや絵画など、地域文化を象徴する多彩な商品が所狭しと並んでいました。市場内を歩くだけでも、街の文化や生活の豊かさを五感で体感できる場所です。   Elevador Lacerda ラセルダ・エレベーター  世界初の公共エレベーターとして知られるラセルダ・エレベーターは、全高72メートルを誇る歴史的建造物です。授業でも紹介された象徴的なランドマークであり、リオのコルコバードのキリスト像と並び、ブラジルを訪れる際にはぜひ立ち寄りたい名所の一つでした。  1873年(日本の明治初期)に開業した建造物とは思えない規模で、目の前で見上げるとその高さと存在感に圧倒されました。実際に乗ってみると、予想を超える快適さと速度で、古さをほとんど感じさせません(現在は電力式ですが、かつては水力式だったとのことです。)  上層階に出ると、眼下には港と市場が広がり、遮る建物がほとんどないため、水平線まで見渡せる絶景が広がっていました。この日はあいにくの曇り空でしたが、それでも街と海が一体となったパノラマは圧巻で、サルバドールの歴史と地理的スケールを肌で実感できる瞬間でした。 Largo de Pelourinho ペロウリーニョ広場  石畳の道路と植民地時代の当時のままの建物が立ち並ぶ、サルバドール旧市街・ペロウリーニョ地区の中心広場です。ユネスコ世界文化遺産にも登録されており、アフロ・ブラジル文化のルーツが色濃く残る歴史地区として知られています。  広場周辺では観光客が集い、ストリートで音楽を奏でる人々やダンスを楽しむグループ、太鼓隊(batucada)の力強いリズムが響き渡り、まさに「音の街」の空気を全身で感じられます。色鮮やかな建物と陽気なリズムが重なり合い、ただ歩くだけでも自然とエネルギーが湧いてくる場所です。  さらにここは、キング・オブ・ポップ、マイケル・ジャクソンが「They Don’t Care About Us」のMVを撮影した場所として世界的に有名です。映像で登場した建物には記念パネルが掲げられ、MVさながらの景色が現在もそのまま残っています。マイケルのファンである私にとっては、まさに夢のような場所でした。映像の中から飛び出してきたかのような街並みを目の前にし、聖地に立っている実感に胸が熱くなりました。  一方で、「Pelourinho」という名前はポルトガル語で “鞭打ちの柱” を意味します。植民地時代、この広場では黒人奴隷が売られたり、罰を受けるための公開の場でもありました。現在は明るく陽気な雰囲気に包まれていますが、その背景には悲しい歴史があることも忘れてはならない場所です。 Casa do Carnaval da Bahia バイーア・カーニバル博物館  カーニバル博物館は、ペロウリーニョ地区にあるカーニバル専門の博物館です。バイーア州のカーニバルの歴史や文化、衣装、音楽、踊りなどを展示・紹介しています。入館者は映像や楽器、ダンス体験を通じて、単に展示を見るだけでなく、五感でカーニバル文化に触れることができます。  館内には、お面や衣装、楽器、装飾品、衣装を着た小さなフィギュアなど、カーニバル関連の品々が多数展示されており、各展示スペースでは実際のカーニバル映像やサンバのリズムも流れていて、没入感のある体験ができました。展示室全体がカラフルで煌びやかであり、カーニバルの熱気や華やかさを存分に感じることができます。  特に印象的だったのは、2階の体験コーナーです。プロジェクターにはダンス指導の映像が流れ、仮装用のキラキラした帽子や太鼓、マラカスなどが用意されていました。映像と音楽に合わせ、他の来館者と一緒に歌い、踊り、演奏する体験は、まるでカーニバルを擬似体験しているかのようで、非常に楽しく、記憶に残るものでした。 Catedral Basílica de Salvador サルバドール大聖堂  サルバドール大聖堂は、ペロウリーニョ地区に位置する、カトリックの重要な歴史的建造物です。17世紀に建設され、バロック様式の華麗な内装や祭壇が特徴で、サルバドール旧市街の象徴的存在となっています。教会内には宗教美術品も多数展示され、訪れる人々は歴史と文化の両方を感じることができます。    聖堂内には、美しい大理石の階段やシャンデリアの光を受け金色に輝く祭壇など、豪華絢爛な空間が広がっており、とても印象的でした。 Cidade da Música da Bahia 音楽の博物館  モデーロ市場のすぐ隣に位置するこの施設では、サンバやアクシェなど、バイーアに根付く音楽文化を、最新の映像や音響技術を通して体験できます。音楽の源流や文化的背景、そして現代への発展までを、ただ“見る”のではなく、身体感覚を伴って“感じる”ことができるのが特徴です。  最上階のミュージックルームでは、キャストの合図や歌に合わせて打楽器を演奏する参加型のアクティビティが行われ、来館者全員でリズムを共有する一体感が非常に印象的でした。特に驚かされたのは、そこで使用されていた楽器です。コップ、動物の骨、貝殻、陶器のお皿、ペットボトルなど、一見すると楽器とは結びつかない日用品が、見事に音を奏でる道具として使われていました。  歴史と高度な技術によって音色を洗練させた西洋楽器の美しさとは異なり、日常のどこにでもあるものを、自分たちのリズム感と表現力だけで楽器へと変えてしまうという発想に圧倒されました。形式や既成概念に縛られず、生活の中から“音が生まれる場”を作り出してきたバイーアの人々の感性に触れ、音楽文化の多様性と奥深さを改めて実感しました。 帰路  ヘシフェ、サルヴァドール旅行を大満足で終え、帰路につきました。歴史と文化が入り混じり、街全体が華やかに溢れる都市や観光名所を見られ、心から充実した旅となりました。  帰路では、サルヴァドールからジュイス・ジ・フォーラ行きのバスに乗車し、約31時間かけて自宅に到着。道中では、隣に座ったおじさんに話しかけられ、家族に向けたビデオメッセージを残すことになったり、かつて麻薬戦争が勃発し、2022年の国内殺人率ランキングでトップとなった Jequié という街を通過したりと、さまざまなことがありました。  ヘシフェからの移動を含めると、バス旅で合計45時間、距離にしてなんと2,200km(日本の本州は約1,500km)を移動したことになります。年を取ったらもうできないだろうなと思える壮大で貴重な旅路でした。 リオデジャネイロ一人旅  週末には、リオデジャネイロへ一人旅も行いました。私はこれまで人生で一度も一人旅をしたことがなく、いつか挑戦したいと思っていましたが、その夢がまさかブラジルで実現するとは、思ってもみませんでした。ジュイス・ジ・フォーラからリオデジャネイロへのバスは頻繁に運行しており、所要時間は約3時間。往復の交通費も時期によって2,500 〜 6,000円と手頃で、非常にアクセスしやすい環境です。 イパネマビーチでサーフィン  前回リオを訪れた際、海でウォーターアクティビティを楽しむ人々を見て、次回来たときには自分も挑戦したいと思っていました。今回、一人で自由にリオを満喫できるタイミングだったため、思い切ってサーフィンに挑戦してみることに。評判の良いイパネマのサーフィンスクールを予約しました。  料金はR$130(約3,500円)ほどで、2時間マンツーマンでしっかり教えてもらえるため、とてもお得でした。インストラクターさんは、浜辺で15分ほど基本を教えた後、すぐに私を連れて海に飛び出して、実践の中で教えるというスタイルでした。波に乗るタイミングや立ち方、視線の向け方など、私が理解しやすいように日本語でも指示を出してくれ、「コイデ!タッテ!ハマベ!」など、ビーチに日本語が飛び交う不思議な光景も。  初めての挑戦でなかなかうまくいかず何度も失敗しましたが、数回は波に乗ることに成功。想像以上に気持ちよく、充実した時間を過ごすことができました。日本に帰るまでには、さらに上達して波に乗りこなせるようになるのが目標です。 Corcovado コルコバードの丘  今回は、前回曇り空で訪れられなかったリオの象徴、コルコバードのキリスト像を訪れました。ブラジルを代表するランドマークだけあって、行く前から胸が高鳴っていました。  料金所までのバンが営業時間外だったため、Uberで向かい、チケットを購入して丘の上へ。登頂すると、目の前にそびえ立つ圧巻のキリスト像と、360℃広がるリオの街の大パノラマが迎えてくれました。到着した瞬間、その景色の壮大さに心が震える感動を覚えました。  たくさん写真を撮る中で、たまたま旅行に来ていたスペイン人の方々やブラジル人家族と仲良くなり、彼らの写真を撮る代わりにひとり旅だった私の写真も撮ってもらいました。旅が終わり数週間経った今でも、連絡を取り合っているほどです。一期一会の出会いも感じられる、特別な時間になりました。 ファベーラに連れて行かれた  コルコバードを満喫した余韻も束の間、予想外のトラブルが襲ってきました。 バンの運行はすでに終了し、Uberも全く繋がらない。残された手段は個人タクシーのみ。しかも、この後すぐにサッカー観戦が控えており、急いで下山する必要がありました。  上でタクシーを捕まえるとぼったくられる可能性が高いため、少し歩いて登りの際に下車した山の中腹まで降り、そこで再びUberを試みました。しかしやはり呼ぶことができず、仕方なく近くにいたバイクドライバーに声をかけると、降りるだけでR$400(約1万円)を要求されました。リオでは観光客やアジア人に対するぼったくりが珍しくなく、交渉の末、なんとかR$80まで下げることができました。(ちなみに登りはR$30でした。)  下山途中、彼と「君、交渉上手いね。俺は悲しいよ」「ごめん、まじでお金持ってないから」と談笑しながら歩を進めると、彼が突然「実は俺、ファベーラに住んでるんだ。行ってみたい?」と尋ねられました。危険を察知した私は、「行きたくない」と断固拒否。しかし彼は「危なくないよ」と言いながらも、私が登って来た道とは違う狭い道へ進み始めました。  「この道、違くない?登る時にはこんな道通らなかったよ」と私が尋ねると、彼は平然と「こっちのほうが近いんだ、俺の家の方だから」と返答。私は「いや、ここには行きたくない」と再度訴えましたが、「俺がいるから大丈夫」と言って運転を続け、ついにファベーラに到着してしまいました。  目の前に広がっていたのは、まさしくファベーラの光景。細く暗い通路沿いに、縦に連なる茶色いレンガの家々。所々欠けて窓もなく、壁には落書きが描かれていました。周囲には上裸で裸足の子どもたちが走り回り、ヘルメットなしでバイクを操縦する子どもおり、置かれている状況の深刻さを実感。彼は「ここからコルコバードが見えるよ、写真撮りな」と言いましたが、少し仲良くはなったものの、さっきまで私をぼったくろうとしていた相手であり、ここで拒否することに危険を感じ、バイクの後部座席から降りることもなくサブのサブの携帯で2枚だけ撮影し、「予定があるから早く降りて」と伝え、なんとか下山を再開してもらいました。途中も、「髪切っていくか?」など他の住人にも声をかけられましたが、「予定がある」と繰り返し断り続け、ようやく普通の道に戻ることができました。  結果として、故意ではないとはいえ、アジア人一人でファベーラに足を踏み入れ、非常に危険な状況に遭遇してしまいました。本当に九死に一生を得た瞬間でした。私は幸運にも無事で済みましたが、他の留学生の皆さんには、同じような状況に決して遭わないよう、心から注意を呼びかけたいと思います。 ヴァスコ・ダ・ガマ対クルゼイロ  恐怖体験も束の間、リオのサッカーチーム、ヴァスコ・ダ・ガマの本拠地に到着しました!ユニフォームに着替え、スタジアムであるサン・ジャヌアーリオへ歩いて向かいます。  サッカー観戦は長年の趣味でしたが、ブラジルに来てからは実は一度も現地で観戦したことがなく、今回が初めての経験でした。スタジアム周辺はヴァスコサポーターであふれ、屋台の香ばしい香りが煙とともに充満し、スピーカーから流れる音楽に合わせて、みんな盛り上がっていました。  スタジアム内に入ると、熱気あふれる大歓声!今日の対戦相手は、ミナスジェライス州の強豪でリーグ首位のクルゼイロ。ヴァスコへの応援歌と相手へのブーイングが入り混じり、会場全体が一体となっていました。  今回のお目当ては、元ブラジル代表で元バルセロナ所属のフィリペ・コウチーニョ。長年のファンとして、彼のプレーをこの目で見るのはまさに夢でした。選手たちがピッチに姿を現すと、会場を鼓舞するため、なんとコウチーニョが私たちサポーター席のすぐ目の前まで歩いてきて、こんな幸運な瞬間に、興奮を抑えきれませんでした。  試合が始まると、前半で順位で下位に位置するヴァスコがまさかの先制点!会場は揺れ、歓喜の瞬間に、万歳で飛んだであろうビールの雨が頭上から降り注ぎました。日本ではまず味わえない一体感と熱狂で、サッカーがこの国の生活文化そのものとして根付いていることを肌で感じました。  結果は2対0でヴァスコ・ダ・ガマの勝利。ホームで首位クルゼイロを撃破し、直近3試合の不振を吹き飛ばした瞬間、スタジアムは歓喜と歌声に包まれました。 【総括】  9月はジュイス・ジ・フォーラの春先の気候の変化を感じながら、長期休みを終えて後期がスタートした。私生活では冬休みを活かし、ヘシフェやサルバドールを訪れて、北東部の文化・歴史・建築・美食を存分に堪能。多彩な観光地を巡る中で、現地での文化体験を通じて地域ごとの多様性や歴史的背景を肌で実感した。  リオデジャネイロでは新たな挑戦にも取り組み、思わぬハプニングにも見舞われたが、無事に帰ることができた。この1か月を通して、学びと旅行・文化体験が相互に深く結びつき、異文化理解とブラジルでの経験値が一段と高まった、実りある月となった。

住居形態
学生寮
無線LAN(Wi-Fi) その他
月額費用
ブラジル レアール
27.93円
内訳 費用(現地通貨) 日本円換算
家賃 800 22,344円
水道光熱費 0 0円
学費・教材費 0 0円
交通費 802 22,400円
通信費 407.3 11,376円
食費・その他 2,300 64,239円
合計 4,309.3 120,359円
授業編
Português para estrangeiros 2
外国人のためのポルトガル語
語学(地域言語)
120分
前期に引き続き履修しました。今期は前期と異なり、受講生は5名だけで、日本人が2名、スペイン語圏の学生が3名という構成でした。 私たちは日本ですでにポルトガル語を学習しており、スペイン語圏の学生もポルトガル語初心者ですが、母語がスペイン語のため理解が早く、前期より授業の進行スピードやレベルは上がっています。 今月は、自己紹介や冬休み中に何をしていたかといった簡単なレクリエーションの後に、DarやQuerなどの不規則動詞の学習を行いました。受講生が少ないため、当てられる回数も自然と多くなり、定期的に基本文法を復習する良い機会になっています。
Espanhol Ⅰ
スペイン語 Ⅰ
語学(スペイン語)
480分
今月の授業では、挨拶、自己紹介、他己紹介、国籍の表現、疑問詞の使い方が扱われました。 生徒はおよそ12名で、そのうち半数ほどは既にスペイン語を学習した経験があり、先生はそのレベルに合わせて授業を進めています。 しかし、私や残りの生徒はほとんどがスペイン語初心者であるため、内容の理解が追いつかないことも多く、先生もスペイン語のみで説明するため、指示や授業内容が分からない場面もあります。 事前に日本でスペイン語特講を受講しておくべきだったと感じますが、予習・復習をしっかり行いながら、なんとか頑張っています。
Ingles Ⅳ
英語 Ⅳ
語学(英語)
480分
英語の授業はⅠ〜IVまで開講されており、IVは最もレベルの高いクラスです。 生徒は約6名で、全員が互いに質問し合いながら、話し合い中心のスタイルで授業が進められています。 今月は現在進行形、過去完了形、未来完了形など、中学3年生程度の文法の確認が行われました。 授業では英作文、長文読解、リスニングなども扱われており、3年後期から英語学習をあまり行っていなかった私にとって、感覚を取り戻すのに非常に役立っています。 また、先生はイギリス英語を話し、生徒が理解できないときにはポルトガル語で補足説明を行うため、頭が少し混乱する場面もあります。 授業の雰囲気は良く、すぐにクラスのコミュニティにも溶け込むことができました。