kitsutsukiの報告書一覧
プロフィール
学科
イベロアメリカ言語学科
学年
3年
専攻
スペイン語専攻
留学期間
2026-03-01 ~ 2026-07-31
留学種別
交換
1~3件目 / 3件中
2026-06
現在、この投稿を書いているのは7月2日。やっと学生ビザの手続きが終わったため報告する。流れとしてはこんな感じ↓ 4月末: 私の書類が揃う 〜6月上旬: 先輩の書類が揃うのを待つ(手続きを一人でやるのが不安だった)。 6月18日(初突撃): 留学先の学校が学生のリストを送っていなかったため、移民局から書類を見てもらえなかった。 6月26日(金): 学校がリストを送る。 6月29日(月): 3回目の突撃。しかし、ここで「認証コピーが必要」と言われる。 6月30日(火): 臨時祝日(パラグアイがworld cupでbest16に入ったため。)。 7月1日(水): 手続きを終わらせるも、移民局のシステム都合でカードが使えないというトラブル発生。 7月2日(木): 現金を用意して完全終了。 もし次パラグアイに留学する人は、提携先大学が移民局リストを送ったかどうかすぐに確認するのと、fotocopíaっていうコピーしてくれるお店で翻訳された書類も原本も全部コピーし、認証してくれる専門店(コピーやさんに聞けば場所を説明してくれる)を持って移民局に行くこと、必ずしてほしい。罰金は、先輩は現金を持っていて払えたが、私は払えなくて、2〜3万円高くなってしまった。もともと言われていた正規の値段が2-3万円、私の値段は85,000円くらい。家賃2ヶ月分なんですけど。カードの機械はあったし、移民局側のミスだから勘弁してほしい。先輩をまたなければよかったのか、とも思ったけど初海外で不安だし、なにか質問しても答えが食い違ってることが多々あるし…。現金払いの予定で行けばよかったのかとも考えたが何万も現ナマで持っのは日本でも怖いし海外でもなおさら…。パラグアイの適当さが裏目に出てる。あーあ。気をつけてほしいとは言ったものの、人は間違いからしか学べない。歴史って繰り返すよね、はは 一方で、良いこともあった。 建物に入る仕組み:今月も何個も何個も行ったが、その中で一つわかったことがある:建物が厳重すぎることだ。日本だと、入口は開店時間はいつも開いていて料金を入れれば誰でも入って鑑賞できる。パラグアイでは、特に治安が悪いところの博物館は、ベルを押して扉を開けてもらってから入る。博物館を出るときはひと声かけて鍵をまたまた開けてもらって出る。 いたるところにある広場も時々鉄格子で囲まれているのは治安が悪いから…? 博物館:特にバロ美術館、あそこは今月のMVPだ。色々なキリスト教のinriと描かれた像、マリア像、殉教者、伝統工芸作品、土偶、南米各地で発掘された品々。もちろん入場料は無料で、気迫を感じるものも、特に宗教関連は鳥肌が立った。宗教とは別に展示されてあった作品の中に「毎日違うことを考えて、感じて、何かをしていても気にする必要はない。自分の存在が人生を紡いでいく限り自分らしい一本の糸ができるから。」という言葉は心のなかに響いた。私の苦い体験も一貫性の糸の中の繊維なのかな。 Centro Cultural de la República El Cabildo、建物がピンク色で可愛い、アスンシオンの端っこにある博物館。ここもいろんな展示が見られる。特に移民、先住民族、入植民についての理解を深められる場所だ。バロ美術館でもあったが、先住民族の羽の冠、衣装、全部が大きくて人間が来ているとは思えなかった。ちなみにチャコ戦争、文学(アウグスト・ロア・バストス)についてもちらっと紹介されていた。 Museo Etnográfico Andrés Barbero、考古学系の博物館。ここは周りの治安が悪いせいか、チャイムを押して鉄格子の鍵を開けてもらい中に入り、鑑賞中も職員が付き添い(にこにこしすぎてこわかった)、という超厳重ルート。建物の前に警備員もいた。そこに各国の紙幣を敷いた?テーブルがおいてあり、日本の千円札もあって興味深かった。保存状態もよく、バロ美術館とか他の博物館より羽の色が気持ち鮮やかだったのと、各展示に関してPDF資料がQRコードで読み込め、深く知ることができる博物館の名前にあるアンドレス・バルベロという方の一生を知ることができるパネルも置いてあった。写真NGだったため、是非目に焼き付けてほしい。 その他観光…ショッピングモールにも先輩と2つ行った。shopping del sol(太陽モール)はきらびやかで、お店もやはり輸入品を並べたりしているところが多い。一冊本を買ったが、メルコスール外からの輸入品だったらしく(physics for catsのスペイン語訳)4000円くらいした。内容が面白かったから良いけど。次はマファルダも手に入れたい。あとは、そのショッピングモールでナンパされた。女の子たちに。アジア人は南米の方から見るときれいなんだと思う。連絡先を交換して、今度一緒にショッピングする約束をした。楽しみだ。また、mariscalという別のところにも行った。ここは、気持ちららぽーと西船橋と同じくらいかそれ以上の広さ。近くに別のモールもあり、栄えている感じがした。マカロンが260円。先輩は甘党のためまた行くと誓っていた。 日本食レストランに始めて行った。Hibikiって場所。日本の味が懐かしく感じた。美味しかったけど日本のほうがコシがあると感じたため、帰国したらまた日本のお気に入りのお店で食べようかな。麺が大好き。サーモン寿司は頬が落ちるくらい美味しかった。 壁画も見に行った。移民局の待ち時間でムジカ・ピッコリーノ素材の翼の生えた馬を撮りに行き、移民局方面に戻ろうとしたところ、一つの壁画を見つけた。鉄道博物館が近い事にちなんで、汽車の絵が。写真をとっていたら近くで誰かと駄弁っていた方がここにもあるよと案内してくださり、壁画街に迷い込んだ。ラ・チャカリータという場所らしい。そこは普通に人も住んでいて、アスンシオン市街の廃墟に描かれる壁画とはまた別の素朴さがあった。 番外編…サン・フアンの日、6月24日にそのお祭りがあった。そのミサを待って公園で遊んでいた時、小さい子たちから「chino!(中国人)」と声をかけられた。彼女らにとっては悪意はないらしく、こう声をかけられたことはもう何回もある。だが、そこからが違った。小一時間くらい話して、別の子たちもまたよってきて、一緒に話をする。ミサも一緒に聞くことになった。私はキリスト教徒ではないけど、教会に入る時の挨拶の仕方をふんわりと教えて頂いた。体に5箇所?十字架を作るのだが、その5箇所に意味がある。気になった人は調べて。 授業でやった関係で、民芸品店にも行った。私の知らない物もあり、楽しかったし、店員さんが説明してくださるため勉強になったし楽しかった。 授業…今月はテストがあり、学校に行く回数が多かった。テストは留学生はスマホ使用okで、語彙を調べながらやっていた。 あとは、先生とも対話が上手く行かない。テストを受けさせてもらえず自習になってしまった科目があったため、そのテストの問題が欲しいと問い合わせたが、範囲のことしか言わない。それじゃないっつの。バイリンガルの女の子に文を作ってもらってそれも直接連絡したが、既読無視。また今日本にいる人とも少し揉めていて、なんか、全部上手く行ってない気がする。あと一ヶ月なのにな。楽しいけど帰りたい所もある、でも帰ったら物価高と就活、単位が待ってる。おそろしや。
イベロアメリカ言語学科 3年 交換
2026-05
今月も色々な気付きがあり、色々なところに行き、難しさや違いを楽しんだ。まず、前回の続きから書いていこう。 ビザ...6月までにしなければ罰金が取られる。ちょっとまだ行けてなく、次回6月版には必ず書くのでしばしお待ちを。 市場…相変わらず安い。市場に来たら毎回行くお肉の串刺し屋さん、フルーツジュース屋さんには顔を覚えられているため、少しだけ一緒に話すこともある。たまたま同じタイミングで席に座った市場の警備員さんに日本人の知り合いがいることで盛り上がったりもした。2ヶ月を通して、パラグアイでは、その場でのつながりが尊いものになることを感じた。 授業、学校生活…相変わらず難しい。ふわふわしてる。けど、少しずつ慣れてきた気がする。一か月目はもっとうなづくだけだったけど、力が抜け話せるようになった。教授は私の意見を聞いてから確認するから、授業の要約だけでなく文法の添削、伝え方も勉強になる。学校生活では、変わらずクラスの人が優しい。授業後に分からなかったところを聞くと分かりやすいスペイン語で教えてくれるし、他にも、「愛してるって何ていうの?」と聞かれたり、着眼点が面白い。また、授業前に図書館に入り浸っているせいで、司書さんに顔を覚えられて、日本語の挨拶を勉強してくださったり、グアラニー語を教えてくださったりする。今日はこの授業を受講する、と伝えればおすすめの本を持ってきて頂いたり、いつもお世話になっている。 バス…相変わらずバスがジェットコースター。シートベルトもなく、急発進急ブレーキの所もある。古いバスは比較的車内が揺れがちな気がする。手すりに捕まってないと座ってられない、座ってても跳ねる、生のスリルを感じたい人は楽しんでほしい。私がいつも登校しているバスは綺麗で、窓も閉まっていて、快適。いつもありがとう。早朝は1ヶ月目ほうれん草グラタンの正体、チーパ(小型チーズパン)売りが出来立てのパンを25円くらいで売ってくれた。他にもバナナ、キャンディ、グミ、ピンバッジなど色んな人が登場し、バスのエンジン音と彼らの呪文のような売り文句が混ざる。 道路...一回、帰りに雨が降ったとき。いつもより一時間くらい長くバスに揺られていた。渋滞が起きていたのだ。バスはいつもより丁寧な運転で快適で車酔いしなかったが、寮母さんが雨を怖がる理由がよく分かった。道路整備がされていないからかなり動きにくくなる。 イベント…労働の日、独立記念日、5月はイベントが多く、大学もお休み。労働の日(5月1日)の前日が教師の日(4月30日)だったため、教授は旅行に、私は寮母さんと日本人の戦友(先輩)と共にショッピングモールに向かった。San Lorenzo Shopping は、一階だけで、田舎のイオンのような感じだった。寮母さん曰くもう2つのショッピングモールも2階までしかない、かつゲームセンターのクレーンゲームはぬいぐるみとサッカーボールが多かったので、日本の方が比較的バリエーションがある。と思う。独立記念日は、calle palmaで記念日を祝っていた。伝統のñanduteのドレスを着ながら紳士と踊る光景は、パラグアイの激動の歴史を生き延びた強さを感じた。出店も日本人移民のお祭りと比べかなり多く、ニャンドゥティなどの伝統工芸品の他、牛革製品やグアンパ(マテ茶用のコップ)など、幅広いジャンルの商品があるだけでなく一つの物を買うために色々なお店で比較できた。 観光…今月はシルビオ・ペッティロッシ国際空港、アスンシオン動物園、CONMEBOL博物館などに行った。パラグアイ空港界の父と呼ばれた偉人の名前がつけられたその空港には、その偉人が愛用していた飛行機のレプリカがあった。風立ちぬのようなそのレトロな飛行機はその狭い空港の中でも一際存在感を放っていた。今後大きくなる話が出ているらしいので、期待している。動物園には、日本で見るよりも一回り大きな動物が目立った。特にトラやカバ。パラグアイの食べ物が大きいことだけでは説明がつかない。また、柵から出て木登りしているサル、動物園近くの資料館では剥製の近くで寝ている猫だったりと、動物園にものびのびとしたパラグアイらしさを感じる。動物の説明表記にはスペイン語だけでなくグアラニー語も書かれているものがあり、語学の面でも勉強になった。サッカーの博物館は、無料で南米のサッカーについて知れる場所だった。私はサッカーについてはよく知らない。試合も地元のチームがボロ負けしているところしか見たことなかったから、正直いいイメージがない。だが、キラキラしたワールドカップのトロフィーや選手たちのサインが書かれたユニフォーム、パラグアイは革靴でサッカーしていたことに気づいたり、南米全体のサッカー文化についてや、メッシなど私でも知ってる選手の展示があったりと、実物展示が中心で、空気感がとても楽しかった。来場者コメントを見ると、コロンビアやブラジルからも来ている方がいて、かなり有名な聖地らしい。建物自体にサッカーボールがデザインされていてかわいいことも、オススメの一つだ。写真はconmebolと空港のものだけだったが、アスンシオンには博物館、独立の家、国会、通りの名前など、歴史を知る上で沢山の重要な場所がある。特にplaza de los desaparecidosは、空気が重かった。とてもきれいな公園だったけれど。行って壊れた像を見ると眠れなくなるかもしれないが、パラグアイについて学びたいというのなら行くことを進める。 地理...空港や通りの名前の由来を調べていくうちに、それらが歴史や前あったものがもとになっているものが多いことに気づいた。たとえば、三国同盟戦争の英雄であったり、独立記念日の日付だったり。私の住むSinalco は、その名前の飲料を元々作っていた場所だったというから驚きだ。また、パラグアイの地図をみると、アスンシオン周辺以外に栄えている地域はほとんど工芸品や遺産、観光地として有名な地域ばかりだった。中央集権国家を感じさせる。アスンシオンに建物が集中しているため一日で色んな建物によりやすい。 番外編:アルファホーレス…大体とても甘い。私はMazzei のブラウンがおすすめ。今まで見た中ではtatakuaのものが一番高く(Mazzeiの3倍の値段!)、チョコに深みがあり、お酒の風味がした。私は同じ用な値段のものでla marsellenaが1番食べるべきチョコだと思う。味が口に残らず食感も楽しい。日本人の戦友(先輩)は、pepitosが今のところ好きだそう。甘党でチョコが大好きらしく、最近アルファホーレス研究会を立ち上げた。現在会員二名。随時募集中。 ということで、もう留学生活の半分がわたしの前を通りすぎる。次は折り返し。早いな。次回、ビザ申請!
イベロアメリカ言語学科 3年 交換
2026-04
月次報告書4月分
地球の反対側生活スタート
空港に着いたらまず、ほうれん草グラタンのような匂いがした。と思ったけど、マテ茶の匂いとsopa paraguayaが混じった匂いかもと今では。真夏だった。暑くて、湿度はまあ日本と同じくらい。地球の裏側だからか直行便ではいけなくて、2回乗り継ぎして2日くらいかかった。荷物を受け取って、さあ入国。 大家さんに会ったら、両替所に。持っていたのは四万円くらいだったので、家賃に三万円くらい持ってかれた。新しいところで生活するため初期費用がかなり掛かるのと、まだ現金が主流のため、もっと多めに持って行ったほうがいいと思う。レートがあまり円→グアラニーだとよくなかったから、ドルを挟んだ方が良いかもしれない。 資金…現金が主流。カードを2つ持ってくことに越したことはないが、現金のほうが食費など安く済む場合がある。後にwestern unionから一人暮らしの仕送りを親から続けてもらうことになる。海外キャッシングという手もあって、その方法は日本で済ませておいたほうが無難。また、最初のうちはカードがセキュリティかかる(急に日本→パラグアイで使う場所変わったらカードが怖がる)から、覚悟しとこう。 Sim…イーシムは三ヶ月で切れるらしい。私はアンドロイドで、新しいsimを今のスマホに入れるとスマホが壊れるかも、とのことで、大家さんのすすめでスマホとsimを買った。スマホは中古を6000円、通信量は15gbで月2000円くらい。 道路、交通…石が敷き詰められてるような道路の中を通ってる感じ。整備は日本と比べればまあされてない。少し目を離すと転びそうになる。移動手段は主に車、バス、バイクで電車が無いため道路がすぐ渋滞、雨降ったら道路は目も当てられないし、バスが遅延したり。車検も義務ではないし、廃車が列になってたりバスの窓ガラスが割れてたりする。歩道がほぼない。自転車やバイクは危険。乗ってる人みたことない。道路を通る車の車種としては、日本は日本車ばかりだったけど、いろんな国からのマニュアル車(日本車以外にもVOLVOとか)が主流。移動手段はbolt, Uber。boltは安いけど、uberのほうが快適さ、決済の仕方、など安定なのでそちらをお勧めする。普通の人がタクシーやってくれる感覚。タクシーもあるけど2週間目で始めて見た。バイク版もあるらしい(2人乗り…)道路しか移動手段がないから緩いんだと思う。 バスのhow to...moovitで調べて行ってる。バス代はバスのなかでチャージできないから薬局か代理店で。小さなバスではカード決済はできなくて、現金を使う。カードで乗るタイプのバスは現金使えないからカード必須、次止まりますのボタンがない、乗ったらすぐ動き扉空いたまま出発、バスの不具合はあるある。バスをハンドサインで停めて乗る。降りるときは運転手に声かけるか出口の近くのボタンを押す。遅延がある+時間通りに来ないこともあるし、授業も早い時間からではないので、午前中乗って図書館とかでゆっくりできるのが理想。 服装…暑い日寒い日で差があるので、半袖を5着持って行っても困らないと思う。パラグアイは1300円くらいのものが市場で売っているのでそれを頼るのも楽しい。日本円だと5000円くらいあれば2、3着は買えると思う。 市場とスーパー…市場はとにかく沢山のお店がある。中古の携帯もそこで買った。食べ物、服、石鹸、あらゆるものが売られている。野菜、果物、お肉が安くて大きい。日本円で考えれば安くて食べ物には困らない。毎日フルーツが食べられて満足。パパイヤや、オレンジ、野菜だと日本では見られない大きさのきゅうりとかアボカド…見るだけでも楽しい。supermercado guaraníはコストコ(入ったことないけど)の中のようで、倉庫みたいだった。お宝探しをしている気分。スーパーのカゴは大きく、購買意欲をかき立てるものだった。日本製品も売ってて(日系のお店だと)広くて楽しかったが、市場よりは割高。ジロジロ見られたり、匂いのきつい市場に慣れていない時に安心安全なスーパーに行くのはお勧め。正直慣れるまで吐きそうだった。市場のフルーツジュース、果実がごろっと入って日本円で130円くらいのため、甘いものが好きな人にとってもおすすめ。焼肉とキャッサバ芋のセット?もおいしいから食べてみてほしい。 言語…発音は南米特有のふわふわした感じ。s、z音が消えたり、autoがcocheなど、南米スペイン語という感じ。ほかにもpermiso(perdón)、ratito, (un momento)、dale(vale)など、パラグアイのあるあるスペイン語もあって、日本にとどまっていたら知らないこともたくさんあった。アスンシオンを離れるとグアラニー語と混ぜてスペイン語を話すjoparaを使う人がいて、それもかなり新鮮。パラグアイは公用語がこの2つの言語。言語としてのグアラニーは尊重されている国だと思う。 学校全般…授業は全部スペイン語。哲学部は留学生用の科目が無く、留学生が来てもスペイン語圏出身。ふわふわして早い。日本とは全然違う。留学行く人は日本にいるうちにちゃんと勉強しなければならない。日本での成績は大事だけどあてにしないほうがいいと思う。夜間授業で、遅いときは8時までで、帰宅が9時半〜10時まである。授業による。私のいる哲学部キャンパスでは、オンライン授業、対面授業を交互に行う。時間割、宿題、取り扱う内容が載っている資料などは授業とのグループラインwhatsuppとplataforma(ユニパみたいなやつ)で行われる。授業の雰囲気としては、些細なことでも発言するな、という感じ。先生も結構授業中にわらってたりして、朗らか。お勉強という感じがしない。履修登録はあちらの学校の方がしてくれた。図書室の本も最近貸してくださった。学生証はもらえるのかわからない。学校にWi-Fiは通っていない。学校内で資料は印刷できるかまだわからないから、fotocopiaと書かれているお店(私は市場を利用している)でお金を払う必要がある。日本に比べればかなり高かったからまた探そうと思う。 寮…寮から学校までバスで1時間。私は理系科目のキャンパスと間違えて寮を取ってしまったので、寮の場所、学校の場所を調べておいたほうがいいと思う。郵便番号がなく、通りの名前などで住所が決まる。 空港から車で20分。白くてもふもふした小型犬二匹いる。放置してると片手で私の膝を叩いてきてかわいい。すごく広くて快適。エアコンもある。シャワーからお湯が出る。ソファーが部屋に1個、私の好きな緑。大家さんの料理はお腹いっぱいになり美味しくて勉強になる。出前を頼んで一緒に食べたり(ハンバーガーが250円)いろいろなことを教えてくれる。虫がありえないくらいいるため、気になれば虫よけを持っていたほうがいいかも。私は現地で買った「off!」を気が向いたときに使っている。あとムヒ。足がでこぼこになりましたので必須。コンロが屋内と屋外2カ所あり、中はつけ方に少しコツがいる。庭にはハンモック(季節による)、ブランコ、アセロラがある。大きな居間にはテレビがある。治安も田舎なので比較的良いとおもう。出前も来る。Wi-Fiはある。不安定な時はあるけどつながる。 人への印象…お節介。困ってる人がいてもほっとかない人が多いと思う。授業のやり方をa to zで教えてくれたり、偶然バスで乗り合わせた教員の方とお話して雑談だけではなくバスでの作法を改めて教えてくれたり。また、教授が女性で26歳など、国全体が若い印象。歓迎会では、昼は小、中の先生、夜は大学で学ぶ、などそういう人もいると聞いた。小学校の先生をしている同い年のクラスメイトもいる。その子が英語を時々織り交ぜて授業の分からなかったことを教えてくれたり、優しさを感じる。一生懸命生きている人が多い。スーパーで小さな男の子や店員さんから日本語のあいさつをされたり、人柄だけじゃなくて親日の一面がある。 治安:パスポートは常に携帯しておくこと。法律で身分証明は持っておかないとなんかあるらしい。車道側を好んで歩かない、貴重品用バッグを持つ、夜歩かない、無闇にお金を出さない、当たり前のことを気をつけること。市場に行くと窓拭きをしてお金をもらう子供、立ち食いしてると何かをせびってくる子、お金を恵んでと声をかけてくる人…たとえその人たちに食べ物をあげても、道路に投げられるだけだから、無視して通るしかない。もってる側ともってない側、光と影、その差が激しい。 その他…留学生歓迎イベント、寮母さんの息子さんの誕生日会、Feria Palmearが大きな行事だったと思う。留学生歓迎イベントでは、ブラジル、フランス、英語圏の国など、留学生受け入れをしている国にゆかりのある食べ物や飲み物が出されていた。一部アルコール飲料もあった。誕生日会は、豚の丸焼き、米サラダ、キャッサバ芋を食べた。豚がとてもおいしかった。マンガが大好きらしくて、すこしそれについて話した。Feria Palmearは日本人移住90周年の記念の年が今年で、太鼓や盆踊りの出し物、おにぎり、たこ焼きなど日本食の出店が出ていた。 今月は翻訳書類(日本で発行される犯罪経歴証明書、戸籍謄本のような書類)に四万円近く使った。パラグアイのスペイン語宣誓翻訳者の翻訳が必要だったため、日本ではしなかったのだが、日本で英語にしてから現地でスペイン語にしたほうがいいかも、と事務の方からアドバイスをいただいた。ご参考までに。犯罪経歴証明書は翻訳するときに破られてしまったので、移民局で通るかどうか今のところビビっている。移民局での手続きは来月あたりにかけるといいと思う。
イベロアメリカ言語学科 3年 交換
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