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プロフィール
学生6047
学科
アジア言語学科
学年
4年
専攻
インドネシア語専攻
留学先
インドネシア共和国
/
UNIVERSITAS LIA
留学期間
2017-08-01 ~ 2018-07-31
留学種別
交換
1~10件目 / 10件中
2018-05
月次報告書5月分
バカンス。
後期の授業後と閉会式の間に休みがあったので最後に旅行に行ってました。Tanjung pinang(Bintanng島)とBatam島。アップロードした写真を見てもらえればわかると思いますが、シンガポールの少し南にある島です。最初はバリ島に旅行に行こうと思っていたのですが、以前同じKosに住んでいてTanjug Pinangに異動になった現地の銀行員の友人から連絡をもらったのと一緒に行こうと思っていた友人との予定が合わず流れてしまったのでバリ島ではなく、現地の友人のいるTanjung Pinangに4泊5日で遊びに行きました。暫くジャカルタから離れていなかったので空港から降りただけで明らかな空気の違いを感じることができました。この地域は一応密かに名前の知られているBintang島の中にある地域ですが、私の行った地域は南の方ですので本当に田舎でした。GrabもUber、Blue Birdすらありません。そのくらい田舎です。中華系の方がかなり多かったのが印象です。2日間友達の家に滞在し、それからBIntang島から船で約1時間程の距離に位置する、Batam島へ。こちらは打って変わって賑やか。というのも日本人の間ではあまり知名度は高くありませんが、シンガポール、マレーシアからの観光客が多いので一応観光地となっている。バリ島と比べるともちろんバリの方が賑やかでありますが、こちらの島は程よく落ち着いている観光地のようなかんじで海もバリ島に比べると人も多くなく綺麗でした。現地感は強めなのでインドネシア語を話すことができる方にはおすすめです。 追伸 当月で留学期間は終了です。大きなトラブルに巻き込まれることもなく、無事生きて帰れたことを幸運に思います。長いなあ。早く帰国したいなあって思ったりもしましたけど、気づいたら日本行きの飛行機の座席に座っていました。そんな時間の経つスピードが早いのか遅いのかわからないまるで麻痺していたかのような不思議な体感時間でした。笑 後輩もしくはこれからインドネシアへ留学する方、気になっている方、留学webではなるべくリアルに書いて行こう。と思っていましたが、文量も少なく、気になることが書いてなかったり、わかりづらい事も沢山あったと思いますので話が聴きたいという方は直接お気軽にご連絡ください。私を知らない方でも、某専攻の男性なんて私含めて2人しかいないのですぐに見つけられると思います。
インドネシア共和国
UNIVERSITAS LIA
学生6047
アジア言語学科 4年 交換
2018-04
月次報告書4月分
お金。
お金。大事ですよね。それはインドネシアでも同じ。だけどお金に対する価値観、金銭感覚等。日本のそれとはかなり異なったりする。日本では、あまり考えられない賄賂、収入が多いか少ないかで決まる身分。(実際は他のモノサシもあったりする。)これらは東南アジア、発展途上国でよく見られるのかもしれないけれども日本では中々見られない。彼らの社会に深入りしているわけでもないが、普通に日常生活を送っているだけで顕著に見える。見たくなくても見えるくらい顕著。実際に賄賂を払っているところを見たし、政府機関もそうだし、身分の低い方への仕打ちだったり。綺麗事かもしれないけれども見たくない。気分が悪くなる。私はどちらかと言えば、優遇される側である。日本人だから。じゃあ、なんで日本人だからなの。って思うかもしれないけれども、話が長くなるかもしれないから簡潔に。肌の色、収入、歴史的関係性、etc。 じゃあ中国人だったら?韓国人だったら?それだけで別のを対応をされる。くだらない。師弟関係でもないんだし。
インドネシア共和国
UNIVERSITAS LIA
学生6047
アジア言語学科 4年 交換
2018-03
月次報告書3月分
KUIS同窓会
3月9日、我が校の同窓会がジャカルタで開催され、総勢60人以上の方の参加で賑わっていおり、こっちで就職されている先輩方、先生及び大学関係者の方に久しぶりに会えてなんだかホッとした。私の思っていた以上に元インドネシア語専攻の方ではなく、英米語学科出身の方が多かったのが印象的で英語の重要性を改めて感じさせられた。異国のジャカルタにKUISのコミュニティがしっかりあって、卒業してからも集まれるこのような機会があることは素敵だなと思った。私は、将来的にインドネシアで就職するかどうかはまだわからないが、もし就職することになれば心強いコミュニティであるし、今後自分とKUISとの関わりが続くとなるということを考えると嬉しい事である。これから先、もう一度インドネシアで生活するという選択肢も留学前より現実味を増してきた。 (アップロードした写真は、同窓会の集合写真とジャカルタ新聞さんが同窓会について掲載した記事です。)
インドネシア共和国
UNIVERSITAS LIA
学生6047
アジア言語学科 4年 交換
2018-02
月次報告書2月分
Korib FC
休日、日本では、バイト、サッカー、学業に日々追われ休日の時間の過ごし方に困った事なんてほとんどなかったが、留学生活では、休日が多く、暇な時間が日本での生活と比べるとかなり多い。現地の学生と遊ぶ事もあるが、基本的に食っちゃべって煙を朝から晩まで吹かす。時間を無駄にしている訳ではないが、やはり刺激が足りない。どこかに出かけようと提案してみても金銭感覚が釣り合わなかったりして中々誘ってみても実現する事はない。実現したとしても、ただモールに行くくらいだ。そもそもジャカルタは一応首都ではあるが、娯楽であったり、楽しむようなスポットは本当に少ない。その上、渋滞であったり、突然の集中豪雨であったり何かと足が進まない。んー、学校のクラブ活動にでも打ち込もうか、と思っていても日本のように真面目に活動するわけでもなく、不定期で活動するくらいであってないようなクラブが多い。そこで自分の好きなサッカー、フットサルのコミュニティを見つけて参加してみたけれども、レベルが違いすぎてちょっと場違い。その中でもようやく見つけたのがKorib FC。自衛隊の敷地のグランドで活動を行なっているため、自衛官も多く在籍している。レベルは高くはないけれども身体能力が高くてとにかく熱い。今では、すっかり一員となり、異国人の私がユニフォームに袖を通すことができることを有り難く思う。
インドネシア共和国
UNIVERSITAS LIA
学生6047
アジア言語学科 4年 交換
2018-01
月次報告書1月分
遣る瀬無い。
遣る瀬ない。留学中、何度も遣る瀬ない。そう感じる事があった。その中でも特に遣る瀬なかった出来事が1月に起こった。Semester1終了後、生徒と先生が面談形式で成績について話し合う場が設けられる。順番が回ってきて私の番になり、先生と『この授業の評価は良いけれども、この授業(他の授業)の評価はあまり良くないよね。』そんな話をしている中、私は、ある授業の評価、その中でも授業態度の部分にB評価を付けられていたのに気づいた。正直に言うと、私は授業態度に関しては、気を遣っているつもりであった。異国であったし。言うまでないが、授業中に携帯を使用するこは殆どなく。使用する際も一言断りを入れて携帯辞書使用の許可を頂いていた。他人の私語に巻き込まれるのを防ぐために、授業中は敢えて周りに人がいない席に座って集中して取り組んでいたつもりであった。しかし、私の授業態度評価はB。私は、思わず先生に何故私の評価がB評価なのか尋ねた。すると先生はこのように答えた。「授業中のあなたの顔がとてもつまらなそうで眉間に皺を寄せているから。」確かに私は集中している時少し強張った顔をしている自覚はある。それでも、授業態度評価の本質がズレていると感じた私は、それって授業態度に関係あるのですか?と質問をした。すると先生は、「文化の違いだ。」の一点張り。「これ以上何か言うのであれば、あなたの成績をFにするよと脅してきた。」私は自分の心の中でとても文字には書き記せないような悪口を言った。勿論、先生によっては、顔の表情でこのような評価を付ける人はいない。この状況で文化の違いという言葉のみで片付けてしまう事はあまりにも軽率であると思ったし、なんだか、その価値観、かわいそうだなと思った。なにより、「眉間に皺を寄せているから。」と眉間に皺を寄せられながら言われた時は、遣る瀬なかった。
インドネシア共和国
UNIVERSITAS LIA
学生6047
アジア言語学科 4年 交換
2017-12
月次報告書12月分
8kg痩せました。
そういえば、こっちに来てから一度も体重を測っていない。病院に行ったついでに体重計に乗ってみたら留学前の体重と比べて-8kg。私は元々太っている体型でもなくむしろ細い体型である。たしかに思い返してみれば、同期の留学生と久しぶりに会った時に前より『痩せたね。』『痩けたね。』って言われていた。自分自身、暫く着ていなかったシャツに袖を通すとなんか緩い。鏡に写っている自分の体を見るとなんだかタダでさえ細めなのに一層細くなっていた。原因は食生活。平たくいえば、ご飯をしっかり食べていなかったからである。この時期私は、食べるという行為に対する楽しみを感じられなくなっていた。インドネシア料理は普通に食べれるが、食べようとは思わなかった。酷い時には一日一食で必要な栄養はサプリメントで補っていた。そんな生活を続けていて気づいたら-8kgの決して望んでいたわけではないダイエットに成功してしまった。この時期、同時に精神的にもかなり苦しんでいた。夜になるとストレス性の蕁麻疹を発症し、不眠症にもなり、毎晩眠る事すらできなくなっていた。睡眠不足で免疫力も低くなり、すぐに風邪を引いた。食べる事が億劫であったから栄養失調で風邪も中々治らなかった。学校の留学生担当の先生に痩せてしまった事を話すと、『羨ましい。』と馬鹿にされたのを覚えている。留学したばかりの時、困ったら事があったら助けてあげるからなんて言っていたのは嘘のようだ。ここまでにしておきます。笑 当時本気で途中帰国を考えていたけれども、こうやって思い出して書き記して見ると帰国するべきであったと思う。
インドネシア共和国
UNIVERSITAS LIA
学生6047
アジア言語学科 4年 交換
2017-11
月次報告書11月分
サウザンド諸島。
ジャカルタの北にサウザンド諸島という名前の諸島がある。(pulau seribu) 千の島々という意味。名前の通り多くの島があるが、決して千もの島があるわけではない。実際は数百程度。ジャカルタの北にあるアンチョールから船で2時間程で目的の島に到着。ジャカルタの海は正直に言ってしまうとかなり汚い。ここはそれなりに綺麗で人もそれほどいないので落ち着いていて気持ちがいい。1泊2日で3食付き、船のチケット込みでも日本円で2500円くらいなので学生には優しい。個人的には規模はかなり異なるがバリのビーチよりも好き。ジャカルタは東京よりも疲れる。暑いし、空気の汚さは比べ物にならない。ジャカルタから少し離れるだけですぐにわかる。島となると遠出が必須となりがちだが、休みが2日あれば訪れることができるのでジャカルタ生活に疲れた方、安く島に遊びに行きたい方、ローカル色はもちろん強めだが、留学しに来てるなら問題ないよね。おすすめ。
インドネシア共和国
UNIVERSITAS LIA
学生6047
アジア言語学科 4年 交換
2017-10
月次報告書10月分
世間って意外と狭いですよね。
よく自分の知り合いが、他のもう一人の知り合いと実は、知り合い同士であった。そんな境遇に遭った時、意外と世間って狭いなと感じますよね。まさにそんな境遇に異国で遭遇。たしか、10月の事であったと思うので10月の月次報告に書いていく。それはJKT48の公演を観に行った時の事である。そもそも、経緯は、私の留学先の大学にメンバーが何人かおり、その中に近い友人関係にあるメンバーがいるので観に行こうというのと実は、某東京の大学から私の留学先に留学している日本人の学生が熱狂的なファン。所謂、オタクであり、彼に誘われたからである。我々は授業が終わった後、颯爽と公演が行われるモールへ向かい、チケットカウンターへ行った。そこでまさかの悲しいお知らせ。チケットが売り切れていたのである。我々は、チケットカウンターの前で途方にくれた。途方にくれていた我々の前をメンバーである友人と、ある日本人メンバーの一人が偶然通りかかり、端的にチケットが買なかった事を伝えるとちょっと待っててね、後で連絡する、と。暫くして、チケット取れたよ、との連絡。私は、この国には神(アッラー)以外にも天使も存在するのか、と思った。ちょっと話がタイトルと逸れてしまった。公演が終わった後、私の携帯に日本にいる日本人の友人から連絡が入った。私のお姉ちゃん、JKT48のメンバーなのだと。私は、この事をこの連絡で初めて知った。実は先ほどチケットカウンターの前で会った日本人メンバーがその友達のお姉さん。私は、友人のお姉さんの公演を友人のお姉さんとは知らないまま観て、友人のお姉さんと公演終了後ハイタッチを交わした。この事を知った私はなんとも言えない気持ちになった。世間って意外と狭いですよね。
インドネシア共和国
UNIVERSITAS LIA
学生6047
アジア言語学科 4年 交換
2017-09
月次報告書9月分
留学始まる。
当月から学校生活が始まった。インドネシアに訪れるのはこの留学が初めてではない。インドネシア人のルーズさは想定内であったが、スケジュール等の急な変更にはやはり振り回される。先生の言っている事と実際に起こっている現実とのギャップが大きく、我々、外国から来た留学生は早々に順応に苦しんだ。我が校の留学生は7人。日本人3人(内2人がKuis)、韓国人2人、中国人1人、ウクライナ人1人。(後に留学生が増えていく。) その中でも、韓国人1人と中国人1人は、インドネシア生活2年目。東欧から来たウクライナ人は、我々アジア人より順応する事がかなり厳しそうであった。食文化のギャップが大きく、中々、食が進まない。自国との大きなギャップにかなり苦しんでいた。娯楽もほとんどなく、ストレスの溜まる一方だとSNSに投稿していたのをよく憶えている。(2018年3月現在、元気そう。)また、初めてインドネシアに訪れたという韓国人も苦しんでおり、耐えられない、と、よく不満を口にしていた。(1ヶ月後、彼女は歯の治療をするために自国に帰ると言い、自国に帰ったきり、戻ってこない。) 一方、私。当月はかなり元気。(後に苦しむ。詳しくは別の月次報告書で書きます。)それもまだ留学が始まったばかりで新鮮味を感じることができたのと初めての国ではなかったのでなんだかんだ特に問題もなく過ごすことができた。
インドネシア共和国
UNIVERSITAS LIA
学生6047
アジア言語学科 4年 交換
2017-08
月次報告書8月分
ダルマシスワ
当月は大学の授業はまだ始まっておらず、ダルマシスワ奨学金の開会式に合わせて渡航してきたため、29日からの31日までの3日間、ダルマシスワの用意したホテルに無償で宿泊させてもらった。3日間しか滞在していなかったので特に書くようなこともあまり思いつかない。正直に言ってしまうと、今入学ウェブを書いている日付は2018年2月12日。かなり時間が経ってしまってあまりお憶えていない。けれども、未だに強く印象に残っている出来事があったので紹介したいと思う。南スーダン人のルームメイトとの出来事である。南スーダンについて知っていることは、ほとんどなく、アフリカ大陸に属していて紛争の影響で難民がいるくらいしか知らなかった。私が受付を済ませて部屋に入ると彼はテレビのリモコンを手に待っていたが、テレビの電源は消えたままで天井の電気も点けず、ただ椅子に座っていた。挨拶を交わし、私が「部屋の電気を付けてもいいか」と聞くと「構わない」と彼は答えた。それからしばらくしてから彼は私にテレビの点け方を聞いてきた。ここで私は気づいたのである。そう、彼は部屋の電気の点け方、テレビのリモコンの赤いボタンを押すとテレビの電源が点くという事すら知らなかったのである。この事実に私は愕然としてしまったのである。私はこれまでの人生の中で様々な人種の外国人と関わりがあったが、アフリカ人、それも難民が多くいる国の人と関わったのは初めてである。また、出会って数分の出来事でその国がどのような状況であるのか気づかされたことも初めてであった。もちろん、アフリカの貧しい国の映像などはテレビなので見たことはあったが、正直、現実もあまりなく、距離が遠すぎた。今回彼に出会えたことは私に強烈な印象を与えたと同時に悲しい事実があるという事を現実味を出して知らせてくれた。
インドネシア共和国
UNIVERSITAS LIA
学生6047
アジア言語学科 4年 交換
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