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プロフィール
IKSAN
学科
アジア言語学科
学年
4年
専攻
インドネシア語専攻
留学先
インドネシア共和国
/
Universitas Negeri Jakarta
留学期間
2024-09-01 ~ 2025-06-30
留学種別
交換
1~10件目 / 11件中
2025-06
留学成果報告書6月分
留学を終えて
【派遣先大学について】 (1) 基本情報 ・設立年 1964年5月16日:“Jakarta Institute of Teaching and Education(IKIP Jakarta)”として設立 1999年8月4日:「州立大学(Universitas Negeri Jakarta)」に改編・改称 ・学生数 約31,795人 ・設置学部 教育科学学部(Education Sciences) 言語・芸術学部(Languages and the Arts) 理学・数学学部(Mathematics and Natural Sciences) 社会科学学部(Social Sciences) 工学部(Engineering) スポーツ科学部(Sport Sciences) 経済学部(Economics) 心理学教育学部(Psychological Education) ・その他 (2) 所属した学部、コース、プログラム等(原語および日本語訳) Program Beasiswa Darmasiswa ダルマシスワ政府奨学金 (3) プログラムの概要 ・履修可能な授業、所属学部選択の制限など BIPA(インドネシア語クラス)前期はインドネシア語のクラスのみで後期から一般授業も履修可能になる ・学部留学の場合:選択した学部・学科以外の授業を履修できるか ・学部留学の場合:語学コースを並行履修できるか (できる場合、申し込み方法、有料か無料か、有料の場合費用・スケジュールなど) 有料でBIPAという語学コースを受講可能 ・語学留学の場合:学部科目を履修できるオプションがあったか 学部科目もインドネシア語のレベルによっては履修可能 (4) 大学の雰囲気、留学生や日本からの学生の割合や人数 東ジャカルタにあり生徒数も非常に多いため大学はいつもにぎわっている。 (5) 課題や試験 (KUISとの違いや負担の大きさなど) 毎回課題が出るわけではなかったが、先生によってインドネシア語での動画制作の課題が多くあった。 特に課題が負担に感じることはなかった。 (6) 困ったときに相談できたか、相談窓口はどこか、どのようなサポートを受けられたか インターナショナルオフィスの人やそこでお手伝いをしている生徒に相談できる。 手続きなどの遅延はよく起きるので能動的に自分からコミュニケーションを取ることが大切。 (7) オリエンテーション (オリエンテーションがあったか、あった場合その内容) 学校見学などのオリエンテーションに加え最初の授業が始まるまではワークショップなどのイベントも多くあった。 (8) 履修登録 (履修登録のタイミング(渡航前・渡航後)や、履修登録の方法など) 前期のBIPAの授業については特に履修は必要なく、後期の履修はインターナショナルオフィスの方に聞かれるのでその際に申し出ると手続きなどはしていただける。 【自身の留学について】 (1) 留学を決意した理由 1年の時に行った短期研修の経験から更に、語学力を向上させたいと感じたから。 (2) 留学先を選んだ理由 前回は田舎のマランという都市だったので次は首都であるジャカルタで様々な負の側面も実際に感じたいと考えたから。 (3) 留学のためにした準備/しておけば良かったと思う準備(学習面) 前期の日本近代史の授業を取ったことで、実際に授業の中で日本の歴史について聞かれても自分のしっかりとした意見を持つことができた。 (4) 留学のためにした準備/しておけば良かったと思う準備(生活面) 特になし (5) 留学中の交友関係 (どのようなきっかけで交友関係が広がったか、どのような活動をしたかなど) 主に日本語専攻の学生と交友をしていました。特に私の趣味はフットサルとランニングなので、週末などに一緒にランニングをしました。 (6) 授業についての全般的な感想、学んだこと やはり学術的な内容になると単語は日常生活で頻繁に使わないので難しかったです。 (7) 授業外で参加した活動 (ボランティア、サークルなど:参加した場合申し込み方法) フットサルサークル (8) 授業外の活動についての全般的な感想、学んだこと 違う土地でのスポーツは文化も全く違くてとても勉強になりました。 (9) 留学で達成した最も大きなこと モチベーションの変化に対する考え方。 物事の言語化が以前よりもできるようになった。 (10) 今後どのような学習を継続していきたいか 培った語学力を道具として新たなスキルを身に着け、武器にできるようにしたいです。 【渡航・滞在先住居について】 (1) 派遣先への出願 (気を付けるべき点など) 特になし。 (2) ビザ申請 (気を付けるべき点や、申請から発行までにかかった時間など) ダルマシスワ奨学金を使えるとVISAもすべて取ってくれるので比較的簡単 (3) 航空券を予約した方法 (旅行代理店や利用したウェブサイトなど) ガルーダインドネシア・トリップドットコム (4) 渡航したルート 東京(HND)➡ジャカルタ(CGK) (5) 最寄りの空港から大学または住居までの移動 (大学の出迎えサービスがあったか、どの交通機関を使用したかなど) 到着時は出迎えサービスあり、帰りは友人に車で送ってもらった。 (6) 滞在先住居を探した方法 (大学の寮に申し込めたか、寮に滞在した場合は申込みの方法やいつ頃申し込んだか、不動産業者や特定のウェブサイトを使用した場合はその名称やURLなど、住居を手配した方法を詳細に記入してください) MAMIKOSというアプリケーションを使いKOSというサービスアパートを探した。 (7) 滞在先住居についての詳細 (費用の支払い方法、設備や備品は何があったか、メンテンスの状態など) 住居費はMAMIKOSアプリを通じてモバイルバンクから送金した。 (8) 滞在先についての感想、アドバイス (どのような生活をするべきか、何を持っていくべきかなど) ブランケットは基本ないので持っていくか現地調達をするとよい。 【滞在国・地域での生活について】 (1) 現地での支払方法や現金の調達 (どの支払い方法を主に使用していたか、現金をどうやって引き出したか、日本からどうやって送金したか、クレジットカードはどの程度使用できるかなど) クレジットカードはPLUSマークが書かれている場合使用可能で基本的にどこでも店舗なら使えたが、ネットだとクレカが使えないことが多い。 現金は現地で作った銀行口座からATMで引き出していた。 (2) 携帯電話 (現地で携帯電話やSIMカードをどうやって購入したかなど) SIMカードは少し値段は高くなるが空港のTelkomselをという大手通信会社で購入した。(市街地で買うともっと安いらしい) (3) インターネット (キャンパス内や住居、街中でのインターネットの繋がりやすさなど) 大学のWWi-Fiはかぎりなく弱かったがKOSのWi-Fiはとても強かった。 (4) 医療 (現地で病院にかかったか、その際の対応はどうだったか、困ったことはあったかなど) 私は数回、風邪と食中毒でお世話になった日本の病院では日本語も話せる方がいて手厚いサービスを受けることができた。 (5) 日本から持っていくべきもの 味噌汁・風邪薬・栄養サプリ (6) 治安状況 (どのような危険があるか、どうやって情報を入手したか、どのような対策をしていたか) ジャカルタでは特に治安が悪いと感じたことはないが友人などはスマホをバスなどでとられていたので注意するべき。デモ情報は日本大使館から頻繁に情報が届いた。 (7) 食事 (毎食どのように用意したか、大学の学食があったか、学食や外食はいくらくらいか) 朝はパンなど、昼は食堂、夜はデリバリーか屋台で買うことが多かった。 (8) 情報の入手 (書籍やウェブサイト、ガイドブックなど、現地の情報をどのように入手したか) LifeNesiaという媒体で日本人向けの情報があったのでそこで情報を手に入れた。 (9) 特筆すべき文化や習慣の違い、気を付けるべき点 ほとんどの人は時間に遅れる文化、コンビニなどでは列を抜かされることもあるのであらかじめ知っておくと慣れやすい 【進路について】 ※目標編(非公開)と重複しても構いませんが、公開することが差し支える内容は目標編に記載してください。 (1) 留学終了後の進路 (就職、進学、未定など、決まっておりかつ公開が差支えなければ就職先や進学先) 就職 (2) 現地での就職活動や進学準備 (現地から日本の企業に就職活動をしたか、日本企業のジョブフェアなど現地で就職活動をしたか、大学院の進学準備をどのように行ったかなど、した場合その方法) すべてンラインで行った。現代では自分に興味のある企業である場合最終面接までオンラインで対応していただける。 (3) その進路に対して留学経験をどう活かすか 語学力、更には海外にでたことで知りえた日本の良さを生かしていきたいです。 【今後留学を目指す学生へのアドバイス】 わかりやすい語学力も大切ですが、実際に現地に生活してみてどう感じたか、自分はどう思うかということを考えながら生活すると新たな発見も多いかもしれません。
インドネシア共和国
Universitas Negeri Jakarta
IKSAN
アジア言語学科 4年 交換
月次報告書6月分
最終月
6月は最終月ということで残りの生活もあとわずか、今振り返ると短かったような長かったような留学ですが、特に今月は今までの留学生活で感じたことを頭の中で考えることが多かったです。 ちょうど私の留学している年がワールドカップのアジア予選と重なっていたことからサッカーが好きな私は国際スタジアムでインドネシア代表VS中国代表の試合を観戦しインドネシアのサッカー熱を肌で感じることができました。 また中旬には5月のスマランでのプログラムの時に仲良くなった友達とバンドンへの旅行をしました。 土日のバンドンは高速鉄道が開通し利便性が増したこともありジャカルタからの観光客も多く渋滞がひどかったです。普段は10分で通れる道も1時間かけて歩くほどです。 最後は私と一緒に今までフットサルを何回もやってくれたメンバーに感謝を伝えて、お別れをしました。 大学への入学前はインドネシアについて何も知らず、ただただ遠い国だ思っていた自分が実際に住み、複数回インドネシアを訪れることで全く遠く感じないようになっていました。 ジャカルタでできた友達もまたすぐに会えるような気がします。 特にジャカルタでは都市の発展が目まぐるしかったとともにまだ未完成で私たちが生活するためには少し不便に感じることも多かったです。これも逆にジャカルタでの留学での大きな成果とも言えます。 1年間お世話になったすべての方に感謝を伝えたいです。
インドネシア共和国
Universitas Negeri Jakarta
IKSAN
アジア言語学科 4年 交換
2025-05
月次報告書5月分
9か月目
そろそろ留学生活も終盤に近づいてきました。 5月は特に学校のプログラムで遠征をする機会が多かったです。 2週目には中部ジャワ州のスマランという都市にスマラン国立大学主催の外国人用の国際プログラムに参加しました。都市は暑かったものの、様々なジャカルタではできないような経験をさせてもらいました。 スマラン国立大学は町の中心部から離れてはいるものの、広大な面積があり、ここで留学もわるくないかなあ。。と思うほどの大学でした。日本語学科のために日本人の先生も常駐しているらしいのですが、現在は日本の大学の学生からインターンシップのようなもので講師としてくるように手配しているそうです。 スマランでは主にゲーム、バティック体験、ガムラン、ホームステイ、田植え体験、洞窟巡りを三日間で行いました。 2週目にはジョグジャカルタという町に今度は私の大学のプログラムで行ったのですが、内容はほとんどスマランンで行ったものと同じでした。バスで10時間ほどかけてジャカルタからジョグジャまで行ったりと、この一か月を通して遠くへ時間をかけて行く耐性が強くなったと思います。もう日本の夜行バスなんてなんのそのですね。 この一か月はあまり授業がありませんでした。しかし遠征と共に忙しかった理由として、就職活動もあるかもしれません。 結論から言うと、コロナ過後の就職活動をするにあたって、留学のせいで就職ができなかった。ということはあまりないと思います。もちろん忙しかったりで日本にいる方よりかは時間は割けないかもしれませんが、私は留学というものが就職活動をするにあたりとてもプラスに働いたと思います。 実際に面接では留学中ということで最初から最後までオンラインで対応してくださる企業も多く、あまり不自由に感じることはありませんでした。むしろ、日本にいる場合より、焦らずに地に足をつけて活動を進められるような気もします。 残すところあと一か月なので最後の生活を楽しみたいです。 バイトすらもしない生活は人生で最後なはずなのでその生活すらも意識しながら楽しみたいです。
インドネシア共和国
Universitas Negeri Jakarta
IKSAN
アジア言語学科 4年 交換
2025-04
月次報告書4月分
8か月目 ラマダン明け
一週間目のラマダンの休暇も終わり、静けさがだんだんと騒がしさに変わってきました。元々良く通っていた屋台などが復活してうれしさがある一方でジャカルタの騒がしさは異常なんだなと再認識しました。 ラマダンに入る前にトレーニングジムを契約していたので休暇期間中は毎日ジムに通って汗を流していました。定期的に様々な知り合いからフットサルにも誘ってもらえるので運動でリフレッシュしています。 フットサルに関してはスタイルがインドネシアと日本で全く違います。 神田でもよくフットサルをしていましたが、その時はゴールを決めることよりも繋いできれいな形でゴールまでもっていくことを意識してその部分が楽しさでもあったのですが、インドネシアではどこからでもパスなどは関係なくシュートを打つというスタイルで私はあまりなれていないのでシュートはあまり打たずにラストパスを出すようにしています。 休日などは友達とジョギングをしたり、今月はインドネシア大学に誘ってもらったので早朝にランニングしたりしました。 語学に関しては、もちろん授業が進むにつれて難しい単語や文法が入ってくるのですが、日常会話に関しては今までは頭の中で文章を整理してから発していたのに対して現在は突発的に思ったことを言えるように少しはなったのかなと思いました。 まだまだ足りないのでこれからも引き続き頑張りたいと思います。
インドネシア共和国
Universitas Negeri Jakarta
IKSAN
アジア言語学科 4年 交換
2025-03
月次報告書3月分
7か月目
今月は授業はあまり多くなく留学生活の面ではゆったりした月だったように感じますが、それと同時に就職活動も少しずつ始まり机上は忙しい月でした。 大学の先生方は3月は1年に一回のインドネシアの文部科学省のかたが授業の見学をしにくる月だったらしく、休みになる授業が多かったです。 生活面では断食がはじまり、イスラム教の方は食べていない方は多かった反面、私の予想より食堂などにはご飯を食べる方が多かったのも発見でした。ワルンのような屋台も日中は道路に出ていないことが多いため、カフェで昼食をとることも普段より多かったと感じました。 断食明けの大祭はUNJの友達の実家にお邪魔させてもらって一緒に最後の断食明けの食事をしたり、カラワンという地方に行ったのですが、ジャカルタに比べると自然も美しく、大気汚染も少なかったため有意義な時間を過ごせました。 ジャカルタの3月の気候は、インドネシアに来た時を思い出すような強い日差しが最近は増えたと感じます。雨季とはいえ、時々日本の秋のような涼しい天気もあり過ごしやすかったです。
インドネシア共和国
Universitas Negeri Jakarta
IKSAN
アジア言語学科 4年 交換
2025-02
月次報告書2月分
6ヵ月目
2月は上旬に中間テストがあったため1週間ほど休みがあったのですが連休初日に朝から寒気がし、午後になると40度近い発熱がありました。前日にかなりのランニングをしたので熱中症かと思っていたのですが夜に病院にいき血液検査をすると細菌による胃腸炎らしいことがわかりました。いろいろな検査をしたこともあり会計は保険が使えますが、領収書をみると5万円ほどになっていたので海外旅行保険のありがたさが身に染みて感じました。月に1回は必ず発熱をしているので3月の体調不良も授業に影響が出ない程度になることを祈るばかりです。 思い返せば、長く続く雨季ですが日中はかなり涼しい日が続き日本の秋の始まりを思い出させるような気候でした。現在は3月初めですが少しづつ日中の温度が高くなっている気がするのでまたタオルの必要な季節になってくるんだろうと思いました。 2月からは新しく週に1回大学の隣にある提携している高校の日本語クラブに日本語を教えに行っています。 レベルはバラバラですがかなり日常会はもできる子もいて驚きました。2月に授業はアイスブレーク的な授業も多くゲームや食事をしたので3月以降はうまく日本語を教えられるように頑張りたいです。
インドネシア共和国
Universitas Negeri Jakarta
IKSAN
アジア言語学科 4年 交換
2025-01
月次報告書1月分
5か月目
あけましておめでとうございます。 年末年始は二週間ほどの休みだったのですが新年はロンボク島という今で過ごしました。ロンボク島は近年政府も援助しながら観光地開発をしている場所でバリ島の次の観光地として注目を集めています。 私の行ったクタエリアというビーチが綺麗で有名な場所でインドネシア人の住んでいる方がビーチにたくさんいてインドネシアを感じる町としては良いと思いました。クタエリアは配車アプリのゴジェックやグラブが使えないので移動面で少し不便に感じた部分はあったもののゆっくり過ごすには快適な場所でした。 帰ってすぐに5日から学校が始まりました。実際授業が始まるとこの単語数か月前にやったよな?という単語が多くありました。授業内容は更に学問的になるので日常会話では使わない単語が多くしっかり復習しなければすぐに思い出すことはできないと感じたのでこれからはしっかり復習したいと思います。 二周目の日曜日にインドネシア語検定というものを行いました。今回B級の新聞やニュースを読み取れるビジネスレベルを受けたのですが、なかなか難しかったです。しかし、振り返ってみると一年半前に受けた時よりも内容理解はできていると実感できたので自分の進歩に拍手です。 試験会場はB級の部屋は日本の時は一部屋で20人くらいだったのですが、ジャカルタの今回は100人以上はいてB級まで勉強をしている人の多さに気づきました。仕事で使うためや習い事でレッスンをしている人など様々な人が受けていて若者の私たちが少し浮いているようにも感じました。 帰国した1週間後にある試験に向けて勉強も頑張りたいと思います!
インドネシア共和国
Universitas Negeri Jakarta
IKSAN
アジア言語学科 4年 交換
2024-12
月次報告書12月分
4か月目
4か月目はインドネシア語の授業は期末試験に突入するとともに期末試験のための勉強機関のために休暇があったので授業は多くはありませんでした。授業は少なかったですが課外授業でTaman Mini Indonesia Indahというインドネシアの民族や建築物が集まっている博物館と公園を合わせたようなテーマパークへ行きました。私はすでに一回行ったことがあるのですが、広いので何度体験してもインドネシアの文化を体験することができて面白かったです。それとは別の日に、大学の横にあるヒンドゥー教寺院にも行きました。インドネシアのヒンドゥー教はインドのヒンドゥー教とは作法が違い別物であることも知れました。イスラム教のモスクとは違い誰でも気軽に入れるわけではなく、許可を取ったうえで、入れない場合もあるのでインドネシア人の友達や知り合いと行くとよいと思います。 ジャカルタに来てからた連絡をもらい、よくお世話になっている日本人の去年DARMASISWA奨学金を使って留学していた方にフットサルに誘っていただき南ジャカルタでインドネシア人の会社員のフットサルクラブの方とフットサルをしました。それまでに3回ほどフットサルをしたことがありましたがどれもグランドがコンクリートだったためか今回の芝のコートは二時間走り続けても全く疲れずリフレッシュできました。 私の日本でのリフレッシュ方法は自分のペースでランニングをしながら音楽を聴くことだったのですが、空気が汚いうえに道の整備もまだ不十分なジャカルタでは少し難しいと感じていたので、フットサルをしてみてやはり自分は動くことが一番のストレス発散できる方法だと実感しました。新たな趣味やリフレッシュ方法を探すためにもこれからいろいろなことに挑戦していきたいです。 食べ放題の焼肉レストランに行った後に、おそらく鶏肉の焼きが不十分だったので食中毒になってしまい数日間外出することができませんでした。幸いにも期末試験には影響しなかったので良かったです。 期末試験が終わった後はクリスマスからお正月にかけて旅行をしました。私の大学は授業は十分に多いのですが、よく考えてみると6月の帰国までに1週間以上の長期休暇は4月上旬にあるレバランと正月休みしかなかったため長めの旅行に出たいと思いジョグジャカルタ、マラン、スラバヤ、ロンボク島という順で10日間の旅に出ました。ジョグジャカルタ、マランはKAI(Kereta Api Indonesia) で移動したのですが、神田の先生が仰っていたとおり車窓からの眺めは棚田などのインドネシアの自然の景色がみれて時間は長いですが価値あるものだと感じました。 ジョグジャカルタはGojekというタクシーのような送迎アプリを毎回使うと少し高くつくので3000円程度で6時間で好きなところに連れて行ってもらえるドライバーを利用しました。その後、マランへ行き1年生の時の短期研修でお世話になったホストファミリーと会うことができました。ジャカルタへ来てから「なぜインドネシア語を勉強しているの?」と聞かれることも多く、なんとなく文化が好きだからなどと答えていましたが、改めて初心を思い出してみると短期研修であまりインドネシア語をうまく使えなかった悔しさと、ホストファミリーの家族の素晴らしさが留学に来るまでのインドネシア語学習の原動力になっていたのだと気づきました。 2025年に入りますが、今年も無理をせずに自分らしく頑張りたいと思います。
インドネシア共和国
Universitas Negeri Jakarta
IKSAN
アジア言語学科 4年 交換
2024-11
月次報告書11月分
3か月目
11月は雨季に入ったので嵐が多かったです。それでも谷の部分にある私の大学や家は洪水の心配をしていましたが、今のところありません。これからも洪水が起きないことを祈るばかりです。友達も先生もよく風邪をひいていたので自己管理能力を高める練習だと思ってしっかりと休息する日を設けながら生活していました。 さて、肝心な語学はというと3ヶ月が経ちますが、まだまだ話せるまでは時間がかかるなと思う毎日でした。それでも着いた時の自分よりも少し成長しているかなと思います。急に流暢になる事はないので少しづつの積み重ねだと信じてこれからも勉強したいです。 インドネシア語の授業では、特にライティングの授業の先生は日本とインドネシアについて比較することが多く、日本についての質問が多いです。特にインドネシアの方は歴史などに興味がある方が多い印象なのですが、私が日本の時にやっておいてよかったなと思うことが、前期の神田の授業で近代日本史という町田先生の授業を取ったことです。この授業を取ったきっかけは以前留学していた先輩が日本の文化についてよく聞かれるという話を聞いていたので、もう一度母国について勉強しようと思ったからです。もちろん日本の歴史をもう一度知識として取り入れられたことと、何よりも大切だなと感じたのが歴史に対する自分の考えを固めることが出来ました。毎週1限からの授業なので起きる練習にもなりました。 よく先生や友達に「じゃああなたはどう思う?」と自分の意見を聞かれた時にこの経験は役にたったと思いました。 11月末にLPKという日本への技能実習生を送り出す日本語学校へとお手伝いさせていただける機会がありました。ブカシというジャカルタ近郊の町で日本人は比較的少ない街です。そこで日本の練習をしたり少しインドネシア語で日本について発表をする機会がありました。生徒たちは同い年くらいでしたが、先生は全員インドネシア人なのでほとんどの人が私が初めて会って話す日本人だったようです。よく考えてみると初めて話す日本人が日本というイメージを形成すると思ったので、改めてもう一度日本という看板も背負っていることを認識しました。 12月も頑張ります。
インドネシア共和国
Universitas Negeri Jakarta
IKSAN
アジア言語学科 4年 交換
2024-10
月次報告書10月分
現地の友達との交流
留学生活二か月目です。 二か月目は一か月目に比べて生活に慣れたという実感がありました。しかし慣れたからと言って無理して体調を壊してもいけないのでなるべく休みもしっかりとりながら生活していました。 授業はUNJの場合、一か月ごとに担当する先生が変わるらしく10月になると新しく時間割も少しだけ変わりました。その変更も前日に言われるので予め柔軟に対応しなければいけないと思いました。授業内容は各スキル(4技能+文法)のような感じで相変わらずちょうど良いなと思うレベルに合わせてくださっています。宿題に関しては次の時間で扱う文章の知らない単語を調べてくることやリスニングの音声を聞いてくることなのでそこまで宿題が多いというわけではありませんでした。しかし、一日で300分ほどの授業をするので復習は欠かせないと思います。じっくりやると復習だけで一日をつぶせるくらいの量になるので意外と暇すぎるという時間もありませんでした。 逆に私の大学の場合は一日中授業を受けた次の日は丸一日休日のことが多いのでメリハリがあるという点ではとても良いと思います。 日本語教育学科の宿泊研修への参加 毎年10月に開催されているUNJの日本語教育学科の新入生オリエンテーション(PKMP)に参加させていただきました。二泊三日のジャカルタ郊外のボゴールという比較的涼しく空気もきれいな場所へ行きました。インドネシアの文化では新入生と仲良く絆を作るためにPKMP内で様々なイベントを行ったのですが、日本人の私たちには驚くことばかりでした。内容は実際に見た方が面白いのでここでは細かく書きません。 私たちは一緒について行って見学させていただきましたが、日本語学科のたくさんの子が話しかけに来てくれて、すでに卒業している先輩たちとも仲良くなりました。実際に参加した後はいろんな友達からフットサルや遊びを誘ってくれるので参加して本当に良かったと思いました。 食事は相変わらず辛い料理を食べるとすぐにお腹を壊すので、学校の食堂で好きなお店があるのでそこでよく食べ物を購入すると、おばちゃんが顔を覚えてくれたので毎回辛くないのを頼まなくても勝手に辛くない料理が提供されるようになりました。一食150円くらいでカツ丼やナシゴレンをよく注文しています。 夜ご飯はたまたま近くに住んでいて仲良くなった日本人駐在員さんにお誘いいただき家で一緒に食べることもありました。実際にビジネスの点から
インドネシア共和国
Universitas Negeri Jakarta
IKSAN
アジア言語学科 4年 交換
1~10件目 / 11件中