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2026-03
月次報告書3月分
2ヶ月経つのは早すぎる!!
こんにちは!まほです。 今月もブラジルで自由に楽しく暮らしている私の生活を報告します! 〜通学〜 初月は片道徒歩40分だった大学までの道のりにも慣れて30分かからないぐらいで着けるようになりました。 ぎわぎわまで寝れて幸せ! また、初月は雨が降ると大学までの無料での移動手段が歩きしかない私はすぐ行きたくないなと思ってしまっていましたが、今月はBUSPという学生のためのバスカードを手に入れたので、家から徒歩3分ぐらいの駅からバスに無料で乗れるようになりました。プチ革命です!! しかし、多くの学生が大学に向かう朝の時間は乗れないことが多いです。個人的には、雨の日や学食に行く時にしか使っていないので無問題。 〜授業〜 履修登録は最初やり方が全くわからなくて焦りました。説明もっと欲しかったなあ。しかし、私には優しいブラジル人の友人たちと頼りになる日本人留学生の友人たちがいたので救われました。結果として、日本語の現代文、地名学、日本文学、あとは留学生向けの授業のポルトガル語とブラジル文化の5つの授業を履修しています。ちなみにどの授業も全く理解できません。日常会話と授業で使うポルトガル語は全く違うということを実感します。個人的には、地名学の授業がわからないなりに楽しいです。後悔はもう1個ぐらい授業をとったら良かったなということと英語の授業をとったら良かったなという2点です。難しそうだなと思って辞めてしまった授業もあったけど挑戦すべきだったと思ったのでぜひ皆さんは挑戦してください。 〜食事〜 安いので学食が基本ですが、同じく留学している日本人の友達と食べたことのないご飯やお店に定期的に行って1年間で最高のお店や料理を見つけよう!と決めて週末などたまに外食をしています。今月はハンバーガーを食べるつもりで出掛けて見つけたバルで食べたシュラスコ玉ねぎ入りと友人たちと食べたハンバーガーがすっごく美味しくて記憶に残りました!絶対また行きます。また、コンビニのいろいろなホットスナックにも挑戦してみました。基本的に全部美味しく感じますが、コシーニャというコロッケみたいな料理が特に大好きです。コシーニャの中でもまだ挑戦していない味があるので来月までには全制覇したい!デザートの面で言うとbolo de cenoura 人参のケーキ(ニンジンを使ったパウンドケーキの上にチョコレートみたいな甘い層が乗っているもの)やアイス(アイス一個安くても300円高いと600円ぐらいする)が美味しかったのでおすすめです。ぜひ食べてみてください。 〜衣服と気候〜 先月同様、基本半袖で夏の装いをしていました。しかし先月より雨が多く、折り畳み傘を常に持っておいた方が良いと感じました。数日間は急に寒い日があり、長袖の上着を着て出かけることもありましたが、基本的に朝と夜だけが寒いので中身は半袖をお勧めします。ブラジル人の友人に聞いたところ3月に寒いと感じるのは異常気象によるもので本当はあり得ないそうです。 週末の過ごし方 友人とまだ行ったことのない場所に買い物に行ったりスポーツ観戦に行ったりして過ごしています。 買い物で言うとrepúblicaというところにあるショッピングセンターがアウトレット品も多く学生に少し優しい気がしました。また、景色も劇場などが近くにある場所なのでヨーロッパ風でとても美しいと感じました。散歩してみると楽しいですが少し治安が悪いので2人以上で行くのをお勧めします。 スポーツ観戦は、サッカーとバスケを見に行きました。サッカーはリーグ1位と2位の試合を見に行きました。盛り上がりがすごく熱気に溢れていました。試合を見ていると観客がやじを飛ばしたり日本よりも思っていることを直接伝える人が多く悪口みたいなものも覚えます。ユニフォームを着てみんなで見に行ったのは良い思い出です。バスケは行ったことがない人が多く、少し不安だったのですが堅実なプレーと爆発力があるプレーをするチームの試合でとてもワクワクしました。チケットが無料だったのもありみんな行くべきだと感じました。もっとさまざまなスポーツを留学中に見に行けたら良いなと思っています。 来月の生活も楽しみです。
イベロアメリカ言語学科 3年 交換
2026-02
月次報告書2月分
留学スタート‼︎
遂に留学が始まりました。2月5日に成田空港からカナダ経由でブラジルに来ました。見送りに来てくれた友人やメッセージをくれた友人たちには非常に感謝しています。私にとっては、初海外、初一人暮らしなのドキドキの始まりです。行きのフライトでは、優しいカナダ人と仲良くなり、1人でのフライトでしたが、楽しかったです。 〜滞在先〜 私は大学からの広告にもあったShareという学生用マンションの4人部屋に住んでいます。今は私含めて3人しか住んでいません。それぞれ個人の部屋があり、キッチン、冷蔵庫、トイレ、シャワーが共有です。4人で共有なので大変かなと思っていましたが、シャワー、トイレは2つずつあるので全く困っていません。同居人は日本人とブラジル人で、日本人と同じ部屋になったのは奇跡だと思っています。このアパートには、入居者が使えるジムとプールもありますが、私はあまり使ったことがありません。使ってみたい!また、ブラジルでは珍しくエアコンも部屋についています。家賃が高いというところが問題ですが、充実しているのではないでしょうか。ここに住んで1ヶ月で起こった問題は、断水する、部屋のカードキーが使えず部屋に入れなくなる、エアコンが壊れる、なぜかドライヤーがコンセントから抜けなくなるでした。そんなこともあるんだ!と笑い飛ばせる人におすすめです。 〜通学〜 サンパウロ大学まではバスもあるのですが、そのうち貰えるカードでUSPの学生は無料でバスを使えるという話を聞いて、バスにお金を使うのが嫌になったので歩いて通っています。電車に乗る必要はなく、歩いて片道40分ぐらい、私は歩くのが好きなので結構楽しめますが、ブラジル人の友人からは、驚かれることが多いです。 〜友人関係〜 以前留学していた先輩方からの紹介のおかげで日本人、ブラジル人両方とも仲良くしてもらっています。 留学生同士で仲良くなることもありフランス、韓国などさまざまな国の友達もできました。ブラジル人は日本語学科の生徒が多く、彼らが日本語がわかるおかげでたくさん助けてもらっています。みんなとご飯を食べるなどちょっとした時間も非常に楽しいです。もっと話せるようになって、もっと仲良くなりたい!!日本に興味がある人も多いので、そのうち日本料理をみんなに振る舞えたら良いなと考えています。 〜食事〜 ブラジルに来てすぐは、外食が多かったです。ピザやハンバーガーなどジャンキーなものを食べたり、友人に連れて行ってもらったときはブラジル料理を食べたりしました。しかし、私の同居人が日本人ということもありすぐに2人で自炊を始めました。日本から持ってきたインスタントも役立ちます。1番は大学の学食で昼も夜も2レアル、約60円で食べれます。強い味方です。ブラジルの食事は日本に比べてハイカロリーなものが多く、すごく美味しいのですが,すぐ太るので気をつけたいと思います。また、ブラジルの日本食にもチャレンジしました。揚げた寿司はクリームチーズが入っていて少し甘めのソースがかかっていました。日本の寿司とはだいぶ違いますが、新たな料理として見れば美味しかったです。もっと、ブラジル風に創作されている物もあるらしいので、ぜひ留学の間に試してみたいです。 〜衣服、気候〜 基本半袖で過ごしました。日差しが強くしんどい日もありますが、個人的には日本の暑い日より暑くない気がします。湿気がないのが大きいのかも知れません。朝は肌寒い日もあり、薄めの上着が必要だったりします。困るのは雨です。雨季なので、突然雨が降ることが多いです。今は、ほぼ半袖しか持っていないので来月あたりには長袖買いに行かなければと感じています。 授業 到着して3日後にはガイダンスがあり、オリエンテーションなどにも参加しました。そこで出会った人たちと友達になれました。月末には履修登録前のお試し授業期間が始まり、少し参加することができました。当たり前ですが、全てポルトガル語で行われるので全く理解できません。理解できなさすぎて退屈さも感じる反面、楽しさや理解できるようになりたいというモチベーションに繋がっているなと感じます。ポルトガル語は上手く使えていませんが、ブラジルでは、困っているとすぐ誰かが助けてくれるので、私は本当に周りのおかげで生活できているなと感じる日々です。来月からは本格的に授業が始まるので、不安ですがもっと頑張りたいです。 〜その他〜 最初の一週間は、1人の時間が多いとホームシックで泣いていましたが、友人が増えるたびになくなり週の終わり頃には元気になりました。私は、時差ぼけがなく、体調を崩すこともほとんどありませんでした。結構稀なタイプらしいです。 週末は買い物をしたり、友人たちとご飯を食べたりと忙しく過ごすことが多かったです。いくつかのショッピングモールにも行って来ました。ハイブランドばかりのモールもあれば、学生でも買い物がしやすいモールもあり面白かったです。 文化経験としては、カーニバルに参加できたのが非常に良かったです。日本で想像していたパレードのタイプのカーニバルに私は行きました。各チームで特色があってワクワクしたのですが、夜7時から朝5時までだったのでとっても疲れました。日本では時間的な意味でもできない経験な気がします。本当は、路上で行うカーニバルにも参加したかったのですが、タイミングがあわず参加できなかったのが少し残念です。ブラジルの物価はあまり日本と変わらない気がします。物によって日本のが安い、ブラジルのが安いがあり面白いです。 来月どんなことが待っているのかわかりませんが、どんなことでも楽しんで毎日を過ごしていきたいです。
イベロアメリカ言語学科 3年 交換
  こんにちは、Leviです。私の留学webでは、どの方が読んでも簡単にブラジル留学の準備や現地の過ごし方について必要なことを学べるように以下に記述したい思います。あくまで、私の例なので参考の程までにしていただけると嬉しいです。 【出発前の準備】 (1)ビザ申請編  おそらく、留学前準備で最も苦労することは領事館にビザ申請をすることだと思います。申請を終えられる時期は出発する一ヶ月前が1番多い例です。ビザ申請に必要な書類や主な申請方法は国際戦略部から留学試験後に通達されますが、特に留学試験で留学が決まった後にすぐ進めた方がいい書類を上から順番に個人的な優先順位をつけて説明したいと思います。 ・戸籍謄本(原本)と翻訳された戸籍謄本 ・ビザ申請の控え用紙(インターネット申請) ・無犯罪証明書 ・銀行口座の残高証明書 ・航空券  まず、戸籍謄本(原本)と翻訳された戸籍謄本が最も早く用意できます。戸籍謄本は、郵送、直接市役所に申請をすれば、大抵一週間で終われると思います。注意するべきは翻訳の方です。こちらは翻訳会社に戸籍謄本を送って依頼することがベストです。場所によりますが3000〜4000円程で抑えられると思います。翻訳言語は英語で問題ないです。  次にビザ申請の控え用紙(インターネット申請)です。これはサンパウロ大学の場合、11月辺りまでに入学許可証が学生メールで送られると思います。この入学証明書が届けば、大抵申請控えを作ることができます。二番目に優先を置いてるのは、これが無犯罪証明書の発行に必要な書類だからです。主な申請方法としてはブラジル外務省(Ministério das Relações Exteriores)の公式サイトを検索し、Inicial → Consulado-Geral do Brasil em Nagoia →Todos os serviços →Visa Section →Types of visa - ビザの種類 →日本語 → VITEM IV-学生まで飛ぶ。そこからビザ申請の必要な書類が載っています。その中にビザ申請控え作成のリンクが貼られているのでそこから外国人として申請を進めることができます。ですが、国際戦略部が直接見れるリンクを送ってくれますのでご安心してください。しかし、専門用語用いたポルトガル語がほとんどのため、ブラジル人留学生や専攻の先生方と一緒に進めることを勧めます。また、控え申請の入力時に出国日、入国日は確定するつもりで送って下さい。私の場合は後に変更することが出来ましたが、あまり良好ではなさそうです。完了すれば、PDFが貰えます!保存と印刷しましょう!  無犯罪証明書は、受付と原本の受け取りで自分の住む県警に二回通う必要があります。パスポート、ビザ申請の控え用紙、マイナンバーカード(運転免許証でも可)、予備で入学許可証があれば問題ないと思います。銀行口座の残高証明書は登録してる口座の銀行で発行しましょう。  航空券は、往復で買った方が金額的にもビザ申請の手続きにも比較的にいいと思います。しかし、日程を決めるために帰りが行きの最低十一ヶ月以上先なのですぐに購入することは難しいと思います。私は、十二月初旬に南米国に特化した某旅行会社を先輩方から教えてもらい、約19万円でイタリア経由の往復を買うことが出来ました。なので、旅行会社に依頼することが最も簡単です。  この五つの書類で留学生が発行に出遅れてしまう要因が多いです。そのため、他の書類も視野に入れつつ進めていくと割と余裕を持てられると思います。次に書類が揃った後にどのように領事館に申請するべきかを説明します。 (2)E-consular編  領事館へ全ての書類を持ってビザ申請するには直接面会するための予約が必要です。神田生は東京の五反田にある領事館へ向かわれると思います。その際、E-consularという予約システムを領事館公式サイトからアクセスし、VISTOの項目で必要とされる書類をアップロードして提出してください。その際、書類審査が下りれば、予約時間を決めて面会することが出来ます。しかし、ビザ申請の支払いは現金のみなので注意が必要です。E-consularを利用し、ビザ申請の手続きを進める際、CPF(納税者番号)の申請も並行することをお勧めします。CPFに必要な書類はビザ申請の書類にあるので、同時進行が可能です。そのため、同じ面会日にビザ申請とCPF予約をする日にちを分散せずに済みます。 (3)住居の確保編  住居の確保も非常に重要です。サンパウロ大学の場合、最寄りがButantã駅なのでその周辺にある住居を選ぶ方が多いです。留学生はメールでShare Burantãと呼ばれる学生寮を案内されますが、日本円で月6〜10万円かかります。給付金で補いきれないため、私は、Hospedaria Drika - Butantãと呼ばれるrepública (寮)に住むことにしました。駅や大学まで徒歩圏内なので非常に立地が良いです。また、今まで数多くの神田生が留学の拠点に置いていたので、すぐに連絡を取ることが出来ました。先輩、友人から管理人のWhatsAppの連絡先をいただき、個人チャットで契約を進められたので10月頃には既に終えられました。私の部屋は個人寝室と個人バスルーム、トイレ付き、キッチンと洗濯機シェアで月39000円(1300レアル)になり、選択次第では、これ以上に安くすることもできます、この方法以外でもAir bnbを使い、数日かけて試してから月契約をする場合もあるのでここに限らず、他の住居も調べて自分に合う生活環境を見つけるといいです。 (4)クレジットカード、デビットカード編  現地で暮らすためにクレジットカード、デビットカードは絶対に必要になります。現金の仕送り、引き出しやキャッシング、住居の家賃払い、生活費に使うことに欠かせないです。カードはクレジットカード、デビットカード両方もっていくことをお勧めします。地域によってはカード払いがデビットカードに限られたり、支払いで反応しないことも頻繁にあります。そこで個人的に用意すべきカードをまとめてみました! ・エポスカード(クレジットカード) ・Wise(デビットカード)  エポスカードは、どこのブラジルの地域でも反応するくらい非常に便利です。アプリから使用歴を見ることができ、レアル、日本円どちらの通貨からも閲覧可能なので支払い管理に非常に便利です。そして、万が一盗まれたり、紛失した場合にアプリから利用停止の手続きをすぐに終えられるのでとても融通が効きます。再発行もすぐ進められるのでエポスカードが非常に望ましいです。登録費、手続き費は無料なので、手軽に準備を進められますが、留学準備で早めに作っておきましょう。  Wiseはデビットカードで国際銀行を通して送金する必要なく、アプリ、カードを通して海外の銀行で日本円からレアルへ引き落としをすることができます。私の場合は、母と自分用でそれぞれwiseのアカウントを作り、母が私のアカウントへ送金をして、送金されたお金をブラジルでカードを使い銀行で引き落とししています。自分のアカウントのみで完結できなかったのはWiseにお金をチャージするのに三菱UFJ銀行やPayPay銀行の口座に送る必要があるからです。私は、PayPay銀行で送金用で個人口座を作ろうとしましたが審査が通らず、やむを得ず母のWiseアカウントと二つ作りました。PayPay銀行をWiseへ送金に使うのは手数料がかからないことが一番の理由ですが、ゆうちょや他から送金すると、手続きに時間を要するようで最も効率が良いと考えました。ブラジルについてからは、家賃を現金で払うので大学にBanco Santander があるので比較的安全にWiseでお金を引き落としできます。Wiseを海外で引き落とす際は毎月合計3万円までを二回まで手数料無料で済ませることが出来ます。しかし、これらの条件を超えて引き落としをすると3万円を超えた額で引き落とす場合、その金額の⒈75%の手数料、3万円以下で2回目以降であれば固定手数料が70円つくそうです。 【ブラジル到着後やるべきこと】 (1)交通機関編  入国する空港はだいたいグアルーリョス国際空港だと思います。大学最寄りのButantã駅まではバスと電車で約1時間、Uberで直接行くのも良いですが、バスと電車で行くことをお勧めします。空港のターミナルバスは無料なのでそこからグアルーリョス空港駅を目指しましょう。そこから電車でLinha 13という路線でLuz駅まで行き、linha 4で乗り換えてVila Sônia行きに乗ればBitantã駅まで着きことができます。ブラジルの電車は改札口入ってから他の駅の改札出口を出るまで一律⒌4レアルです。大学でカードを発行されるまでは改札口前の窓口で切符を買う必要があるのでご注意を。しかし、ここまで個人で行くことが不安である場合は、現地のブラジル人、留学している日本人の知り合いに迎えにきてもらうことが1番安全です。 (2)携帯電話編  まず、スマートフォンは2台持っていくことを推奨します。日本のSimカード、ブラジルのSimカードをそれぞれ保存しておく為です。出国前に日本で使っているスマホにトリファというアプリでEsimを入国日から1ヶ月分契約しました。ブラジルで電話番号の入手と携帯会社の契約をするまで使えるようにしなければならないです。私の場合は、入国して1週間後に、ブラジル人の友人と共に最寄りのButantã駅から徒歩圏内のShopping Eldoradoというショッピングモールへ向かい、そこでSimカードを買ってからVivoという携帯会社の支店で契約をしてもらいました。店内で片方の使っていないスマートフォンにSimカードを入れてVivo Easyというアプリを入れてそこからようやく契約の選択が出来ます。私は月25GBで1500円ほどの長期契約を選びました。他にもプランは多くあるので選ぶ本人次第だと思います。しかし、契約後、自分のプランの終了期限の確認を忘れずにしてください。場合によりますが、1ヶ月後で終了となる設定が間違えてされていることもありますのでご注意を。また、iPhoneで機種が新しい方だとSimを読み取れなくブラジルの電話番号を作れない場合もあるのでなるべく古い方が良いです。どうしても作れない場合はEsimで契約しましょう。 【おまけ】 (1)語学編  はっきり言って、留学してから他言語で話して上手くなることは大変難しく、道のりは厳しい。私は4年次として一年間留学をこの先していくのだが、3年生の間にMULCのチャットタイムや留学生と話を試みたり、大学職員だったブラジル人に会話レッスンを頼んで週に2、3回3〜40分程で会話の練習をして語学力を磨いた。それでも現地に行っては、何も聞き取れず理解することもできなった。しかし、3年の時に続けていた会話の習慣が身を結んだのか、簡単なポルトガル語のフレーズや単語一個でも表現をすることができたので言いたいことを最低限伝えることができた。おそらく、入国するまでに会話の練習をできてなかったら、現地に着いてから自分の伝えたいことをポルトガル語に置き換える習慣から始めないといけないので大分スタート地点が変わるだろう。そのような意味でこれを読んで、尚且つブラジルへ留学する方は尚更会話の練習を始めていくべきだ。周りは日本語で話していようが、泥臭くて惨めで問題ない。最初は下手で言葉が出ないのは当たり前だからこそ常にポルトガル語で話してみることを試してほしい。会話でなければ使わない単語や表現が沢山あり、授業やテストで学んだことで通じるわけではないからだ。出国1週間前から始めても構わない。とにかく始めることが重要である。また、生活用語の語彙で不安であるなら「いちばんはじめのブラジルポルトガル語単語」という単語帳で勉強すると良い。私は留学生活と並行してこの教材を使っているが、自分の語彙を伸ばすことに非常に役立てている。 (2)観光編  2/5に着いたので、ブラジルのカーニバル週間前に着き、サンパウロ、リオデジャネイロのカーニバルへ参加することができた。カーニバルは基本Bloco da Ruaと呼ばれる無料で参加できる一般道路や広場でやるイベントとDesfireという有料席でサンバのパレードを観覧するイベントがある。Blocoが地域を身近に感じ、場所によっては有名アーティストも来るので醍醐味もあり楽しむことができるが、治安も悪く人も混雑するため盗難防止や多人数で行動することを推奨する。Desfireは有料である分、セキュリティが固いが、Blocoと同じくらい警戒した方が身の為である。パレードは非常に幻想的で行って損することは絶対にない。特にGrupo de especialというパレード週間の中から順位づけられたトップのみで行う日があり、その日のパレードが最も醍醐味である。一生に一度ほどしか行かないブラジルで間違いなく行くべき場所の一つである。 (3)サンパウロ大学編  サンパウロ大学は、南米で最も有名な名門総合大学である。学部が多種多様、学んでいる学生各国から来ており規模がかなり広い。私がサンパウロを選んだのは、家周りの交通機関が便利であること、リオデジャネイロや他州へのアクセスもしやすいこと、日本語専攻で学ぶブラジル人がいたり、先輩や友人のつながりのおかげで現地の学生と交友関係を非常に築きやすいことを考えて留学することに決めた。履修期間はに2/23から始まり、3/10まで授業のお試し期間で自分に合う授業を選ぶことができる。日本人留学生は、日本関連のCultura Japonesa やLíngua Japonesaを選ぶと比較的楽に受けることができるそうである。私の場合は、友人のブラジル人と共にPlojetos de Traduçãoを受けることにした。他科目もまた受講を試みるが、3月分で細かく説明するだろう。    
イベロアメリカ言語学科 4年 交換
【① 気候・生活環境・交通】 2月5日にブラジル・グァルーリョス空港に到着し、サンパウロでの留学生活が始まりました。到着当日は、現地の大学生や日本人の先輩が空港まで迎えに来てくださり、移動を手伝ってくださいました。重い荷物を持っての移動の中、地下鉄(Metrô)の運賃(5レアル)や飲料水代まで負担していただき、右も左も分からない現地での生活が、多くの方の支えの中で始まったことを実感しました。 生活面では、日本との細かな違いに日々気づきがあります。特に交通面では、歩行者信号に黄色がなく、赤の点滅が実質的に黄色信号に近い役割を果たしているように感じました。切り替わりが早いため、横断時には周囲の車の動きも含めて注意する必要があります。特に Metrô は利用頻度が高いため注意が必要ですが、その一方で、日本とは異なり移動距離にかかわらず運賃がおおむね5レアル(概算で約150円前後)であるため、今後も利用する機会は多いと考えています。 また、気候面では、短時間で激しく雨が降るスコールのような雨を経験し、日本との降り方の違いを実感しました。天候が急に変化することがあるため、外出時には折りたたみ傘を持つなどの備えが重要だと感じています。 また、私が住んでいる Butantã 周辺は生活しやすく、現時点で大きな危険を感じたことはありませんが、日常的な防犯意識の重要性は強く感じています。特に交通機関を利用する際には、不必要に財布や現金を人前で出さないこと、バッグは体の前で持つことなど、基本的な対策を心がけています。 さらに、エスカレーターの右側通行や、街中にコスメショップ・ネイルサロンが多いことから、サンパウロでは美容への関心が高いことも感じました。こうした日常的な違いを通して、現地の生活文化への理解が少しずつ深まっています。 【② 学校生活と手続き】 今月は、サンパウロ大学(USP)での新生活に向けた準備を進める期間となりました。 住居については、USP側から紹介のあった Share Butantã に入居しました。私は1人部屋を利用していますが、2人部屋や4人部屋など複数の部屋タイプがあります。家賃は他の選択肢と比較すると高めではあるものの、エアコンがあることに加え、ジムやプール、コンビニが近く、駅まで徒歩約5分であるなど、生活面での利便性が高いと感じています。 通信環境については、渡航前に Airalo を利用して eSIM を1か月分購入しておいたため、到着直後からスマートフォンを使用することができました。現地でのSIM登録については、到着後約1週間で手続きを行いましたが、言語面や手続き面で難しさがあり、現地の方の助けを借りながら対応しました。到着直後の通信手段を事前に確保しておくことの重要性を実感しました。 説明会の後、学生証を受け取り、学食(Bandejão)の利用を開始しました。Central や Química などの食堂は、食事の場であると同時に学生同士が交流する場でもあり、現地の大学生活の雰囲気に慣れるうえで大きな助けになっています。加えて、費用面でも利用しやすく、朝食は60 centavos(概算で約18円前後)、昼食・夕食は2 reais (概算で約60円前後)で利用できます。節約の観点からも非常に有用であり、今後も継続して活用していきたいと考えています。 また、事務手続きとして連邦警察(Polícia Federal)の予約を行いました。予約日自体は4月末となりましたが、2月中に手数料の支払いが必要であることを確認し、手続きには期限管理が重要であることを学びました。今後も、必要書類や支払い期限を整理しながら、確実に対応していきたいと考えています。なお、この手続きにおいても現地の学生の方々の助けを受けながら進めることができました。 語学面では、大学主催のパノラマツアーや、他国からの留学生との交流会に参加しました。共通言語としてポルトガル語や英語を使って意思疎通を図る中で、伝える難しさを感じる一方、通じたときの達成感も大きく、語学学習への意欲が高まりました。加えて、留学生同士の交流を円滑に進めるうえで、ポルトガル語だけでなく英語力も重要であると実感しました。 さらに、2月はカーニバルの時期であり、カーニバル休暇があることもブラジルの生活リズムを理解するうえで印象的でした。日本の大学生活とは異なる年間行事と休暇のあり方を知る機会となり、学業だけでなく、現地社会の時間の流れや文化行事との関わり方を理解する重要性を感じました。 【③ 私生活と異文化理解】 2月は、サンパウロの多様な文化に触れる機会が多い1か月でした。 食文化では、本場のアサイーを食べる機会があり、日本で食べていたものよりも砂糖の甘みが強く、エネルギーを感じる味だと感じました。また、ブラジル独自のスタイルの SUSHI(クリームチーズや揚げ物を使ったもの)や、定番の軽食である pão de queijo、coxinha も試し、日本との違いを楽しみながら食文化への理解を深めました。 また、ブラジル文化への理解を深める機会として、カーニバル関連行事である Desfile das Campeãs を観覧しました。音楽、衣装、演出の規模の大きさに加え、観客の一体感や熱気から、カーニバルが単なる娯楽ではなく、多くの人々に共有される重要な文化行事であることを実感しました。加えて、会場ではペットボトルのキャップや水筒の持ち込みが認められておらず、入場時に廃棄が必要となるなど、安全管理や運営上のルールが徹底されている点も印象的でした。映像で見るだけでは分からない現地の空気感や運営の実際を体験でき、ブラジル社会への理解を深める貴重な機会となりました。 地域コミュニティとの関わりとしては、県人会の食事会に参加し、日系ブラジル人の方々と交流する機会がありました。さらに、現地で働く方々から、サンパウロでの生活やキャリアに関する話を伺うことができ、留学中の学び方や将来の進路を考えるうえで参考になる時間となりました。 一方で、滞在先での停電や持ち物の破損など、予想外の出来事もありました。しかし、友人が洗濯機のアプリ登録で困っていた際に現地の方が声をかけて助けてくださるなど、周囲の人の親切さに何度も支えられました。こうした経験を通して、言語力だけでなく、困ったときに自分から相談する姿勢の大切さも学びました。 また、県人会とのつながりを通じて、日本語に関心のあるブラジル人の方々に日本語を教える機会もいただきました。今後も継続して関わる予定であり、言語を学ぶ立場だけでなく、伝える立場としても異文化交流に取り組んでいきたいと考えています。 【④ 総括】 2月は、時差への適応から始まり、各種手続きや生活基盤の整備に取り組む1か月でした。慣れない環境の中で戸惑うこともありましたが、多くの人と出会い、食事や交流を重ね、ときにはトラブルを乗り越える中で、サンパウロでの生活に対する自信が少しずつ育ってきたと感じています。 また、カーニバルの時期を現地で経験したことで、ブラジル社会における文化行事の存在感や、人々の生活との結びつきについて、実感を伴って学ぶことができました。 来月からは本格的に授業が始まるため、今月得た経験と周囲への感謝を忘れず、学業・語学学習・異文化交流のすべてに主体的に取り組んでいきたいと思います。
イベロアメリカ言語学科 3年 交換
2026-01
留学成果報告書1月分
留学総括
【派遣先大学について】 (1) 基本情報 ・設立年 1960年 ・学生数 役23000 ・設置学部 約 93の学部・学位コースがある。 その他 (2) 所属した学部、コース、プログラム等(原語および日本語訳) 私のとった授業は、 Pedagogia , letras, história, ciência da religião (3) プログラムの概要 ・履修可能な授業、所属学部選択の制限など どの学部でも、履修可能 ただし、授業に空きがなければ取れない。 (4) 大学の雰囲気、留学生や日本からの学生の割合や人数 〈雰囲気〉 雰囲気はとても良い。フレンドリーにはなしかけてくれたり、質問するとなんでも答えてくれる。学校内では、常に誰かが助けてくれていた。 〈留学生〉留学生は、南米や、ヨーロッパ、アジア、アフリカなどいろいろな国からきていた。日本からの学生は、神田外語大学の学生だけだった。日本に過去に留学していた学生も多くいた。 (5) 課題や試験 (KUISとの違いや負担の大きさなど) 〈試験〉 KUISでは言語系の授業が多いので、記憶することが多く、テストが多いと思う。UFJFでは、どの授業にとるかによって変わるが、記憶するというよりかは理解する方が大事になってくると思う。また、自分で説明したり、文章を作るテストが多かった。 〈課題〉 課題は、KUISに比べ、少ないと感じた。1人でするよりも、グループで行う課題が多い。 (6) 困ったときに相談できたか、相談窓口はどこか、どのようなサポートを受けられたか 困った時はDRIというKUISの国際戦略部のような場所があるので、そこに行っていた。日本語を話せる方もいるので、授業に関することだけではなく私生活のことも相談できた。他にも、buddy留学生についてくれているので、その人に聞いていた。 (7) オリエンテーション (オリエンテーションがあったか、あった場合その内容) 本来あるはずのオリエンテーションがストライキの影響なのか、なかったが、留学生が集まって、学内ツアーはあった。そのため、自分でDRIに行って、学生書やメールアドレスなどを作った。 (8) 履修登録 (履修登録のタイミング(渡航前・渡航後)や、履修登録の方法など) 履修登録は、授業が始まって1週間は自分の興味のある授業に参加することができた。その後メールでDRIに取りたい授業を送り、履修登録をしてもらった。履修登録をしないと授業のclassroomには入れないので、classroomに入りたい時は先生に直接いうしかない。 【自身の留学について】 (1) 留学を決意した理由 ブラジルのことを授業では学ぶが、想像しかできなかったので実際に行ってみたいと思ったから。また、ポルトガル語を喋れるようになりたいと思ったから。 (2) 留学先を選んだ理由 比較的安全で、日本人が少ないというのを聞き、選んだ。また、日本に留学していた友達もいたのでJUIZ DE FORA を選んだ。 (3) 留学のためにした準備/しておけば良かったと思う準備(学習面) 〈留学のためにした準備〉 弁論大会や、暗唱大会には出るようにしていた。また、自分が学びたいことを日本語で事前に知って少しだけ勉強した。 〈しておけばよかったこと〉 ポルトガル語を喋れるようにしてからいけば、少しは楽だと思う。また、何かを読む、勉強するという習慣つけておけばよかったと思う。 (4) 留学のためにした準備/しておけば良かったと思う準備(生活面) 〈留学のためにした準備〉 何か必要なものはあるのか、大変なことはあるかなど、先輩に話を聞いた。 〈しておけばよかったと思う準備〉 特になし (5) 留学中の交友関係 (どのようなきっかけで交友関係が広がったか、どのような活動をしたかなど) 授業が同じになると、自然と話すことが増えて仲良くなった。昼食前の時間の授業が一緒だとそのままご飯に行けるので、それで仲良くなったと思う。自分から遊びに誘ったり、活動に参加したりした。また、他の国の留学生ともポルトガル語の授業が同じだったので仲良くなった。 (6) 授業についての全般的な感想、学んだこと 全部理解するのは難しいので、授業中はできるところは理解しようと思うようにしていた。わからないときは、先生に聞いたり友達に聞いたりして補っていた。わからないことがあっても、なんとかなると思えるようになった。 (7) 授業外で参加した活動 (ボランティア、サークルなど:参加した場合申し込み方法) Projeto de buddy で、出かけたり遊ぶイベントがあったので、それに参加していた。 (8) 授業外の活動についての全般的な感想、学んだこと どの場面でも、困ったら、聞いたり助けてということが必要だと思った。自分で全てなんとかしようと思うよりも、周りに頼った方が留学においては大事だと思った (9) 留学で達成した最も大きなこと 周りに頼ることが簡単にできるようになったと思う。また、自分から動く、話しかける、助けるということが留学前の自分と比べてかなりできるようになったのではないかと思う。 (10) 今後どのような学習を継続していきたいか 単語や会話、読解の学習を継続したい。言語はすぐに忘れてしまうものなので頑張りたい。 【渡航・滞在先住居について】 (1) 派遣先への出願 (気を付けるべき点など) 先輩に話を聞いたりして、情報を得て早めに準備することが必要だとおもう。 (2) ビザ申請 (気を付けるべき点や、申請から発行までにかかった時間など) 心配なことは質問することが重要だと思う。私の場合、一人暮らしで住所が実家のままなので、どこの領事館に申請しにいくのかに気をつけた。 (3) 航空券を予約した方法 (旅行代理店や利用したウェブサイトなど) Sky scanner を使って、値段、離陸時間や着陸時間が遅すぎたり早すぎないか、どこを経由するか、考えて調べ、AIR FRANCE 旅行券を取った。 (4) 渡航したルート 羽田発→フランス、パリ経由→リオデジャネイロ着 (5) 最寄りの空港から大学または住居までの移動 (大学の出迎えサービスがあったか、どの交通機関を使用したかなど) 空港からuber でバスターミナルまで行き、そこからJUIZ DE FORA まで2時間ほどバス。 そこから大家さんに家まで送ってもらった。 (6) 滞在先住居を探した方法 (大学の寮に申し込めたか、寮に滞在した場合は申込みの方法やいつ頃申し込んだか、不動産業者や特定のウェブサイトを使用した場合はその名称やURLなど、住居を手配した方法を詳細に記入してください) 前回Juiz に留学していた神田の先輩が住んでいた家をそのまま使わせてもらった。 (7) 滞在先住居についての詳細 (費用の支払い方法、設備や備品は何があったか、メンテンスの状態など) 留学先に着くまでは、部屋をとっておいてもらうために、以前住んでいた神田生の方に代わりに払ってもらっていた。 ブラジルについてからも銀行を開くまでしばらく先輩に払ってもらっていた。銀行ができた後はpixを使って大家さんに払っていた。家賃は700レアル。 部屋には、ベッドや棚、机がある。洗濯やキッチンシャワー、トイレは共有。 何か、壊れたものがあると、大家さんに言うと、直してくれる。 (8) 滞在先についての感想、アドバイス (どのような生活をするべきか、何を持っていくべきかなど) 同じところに住んでる子たちとは、何かあった時に助けてくれるので適度にコミュニケーションを取る必要はある。 【滞在国・地域での生活について】 (1) 現地での支払方法や現金の調達 (どの支払い方法を主に使用していたか、現金をどうやって引き出したか、日本からどうやって送金したか、クレジットカードはどの程度使用できるかなど) 銀行ができるまでは、クレジットカードで払っていた。なぜかカードが全く反応しなかったので、私はカードを携帯に入れた。銀行ができてからは、デビットカードで払っていた。送金はwiseを使っていた。現金はバス乗る時ぐらいしか使う時はないが、引き出すときは銀行ができるまでは、SONY銀行のカードを使っていた。 (2) 携帯電話 (現地で携帯電話やSIMカードをどうやって購入したかなど) SIMは友達のおばさんが私の分も買ってくれて、simを手に入れることができた。SIMが手に入るまでは、日本でeSIMを買って使っていた。 (3) インターネット (キャンパス内や住居、街中でのインターネットの繋がりやすさなど) 大学内は、繋がりにくい。住居は、夜少し繋がりにくくなる時があったが、それ以外は問題なかった。街中でも問題はなかった。 (4) 医療 (現地で病院にかかったか、その際の対応はどうだったか、困ったことはあったかなど) 病院に一度行ったが、無料で診てもらえた。 私が言ったのは夜遅かったので空いていたが、本来はとても混んでいるらしい。神田に留学していた友達に連れて行ってもらえたので言葉で困ることもなく大丈夫だった。 (5) 日本から持っていくべきもの 持って行った方がいいものは、化粧水や洗顔など。電池もブラジルでは高いので持って行けばよかったと思っている。 (6) 治安状況 (どのような危険があるか、どうやって情報を入手したか、どのような対策をしていたか) 気をつけていれば特に危ないことはない。ただ、大学内は安全。深夜に出歩く時はかなり気をつけた方がいいと思う。 (7) 食事 (毎食どのように用意したか、大学の学食があったか、学食や外食はいくらくらいか) ほぼ毎日学食に行っていた。学食は約40円ほどで食べれる。朝は行ったことがないが、朝、昼、夜提供してくれている。学食がない時は、自分で作ったり、友達と遊びに行っていた。 (8) 情報の入手 (書籍やウェブサイト、ガイドブックなど、現地の情報をどのように入手したか) 先輩や、神田に留学に来ていた人に話を聞いて情報を入手した。また、現地でも友達に話を聞いた。 (9) 特筆すべき文化や習慣の違い、気を付けるべき点 特に文化の違いで困ったことはないが、集合時間時間に遅れるというのは当たり前。街中で、顔が違うのが目立つので、中国人や韓国人と叫ばれることもあるが、気にしない。 【進路について】 ※目標編(非公開)と重複しても構いませんが、公開することが差し支える内容は目標編に記載してください。 (1) 留学終了後の進路 (就職、進学、未定など、決まっておりかつ公開が差支えなければ就職先や進学先) 大学に通いながら就活する。 (2) 現地での就職活動や進学準備 (現地から日本の企業に就職活動をしたか、日本企業のジョブフェアなど現地で就職活動をしたか、大学院の進学準備をどのように行ったかなど、した場合その方法) 企業の説明会には何度か参加した。また、どのような企業があるのかも調べた。 (3) その進路に対して留学経験をどう活かすか 留学で身につけた能力や、学んだことを活かしていきたい。 【今後留学を目指す学生へのアドバイス】 違う国で過ごすことが不安で、留学することを迷うかもしれませんが、迷っているなら。行った方ががいいと思います。絶対にいい経験になります。苦しい時もありますが、全体的に見ると、とても楽しかったし、自分のためになりました!なにか聞きたいことがあったら相談してください!
イベロアメリカ言語学科 4年 交換
月次報告書1月分
別れ
 大好きな国とそこに住むかけがえのない人たちに別れを告げました。 〈天気〉 雨季ということもあり、かなり寒いです。暦の上では夏ですが、正直冬(8月頃)より寒かったです。日照時間もかなり短く、洗濯物がなかなか乾かず大変でした。 〈食事〉 留学最終月ということもあり、友人と外食に行くことが多かったです。食事に誘ってくれた方々のおすすめの店を訪れることで、様々なジャンルの食事をすることができました。ハンバーガー、ピザ、シュハスコなどを食べながら思い出話に花を咲かせたり、別れの挨拶をすることができました。特に毎週サッカーをやっていた人々たちが送別会としてシュハスコパーティーを開いてくださいました。そこで私の好きなチームである「フルミネンセ」のユニフォームや寄せ書きを餞別としくださり涙が止まりませんでした。留学が始まってすぐの頃に流した涙が、最後は大切な仲間との別れを惜しむ涙に変わるなんて想像もしていませんでした。こんなにかけがえのない人々と出会うことができて幸せです。 〈テスト〉 ポルトガル語、生物学の授業でそれぞれ最終課題がありました。ポルトガル語の授業では、「地球外の惑星に移住するために、ピックアップされた人々の中から5人の選抜チームをつくり、そのメンバーについて討論をする」という内容でした。ピックアップされた人々に対してそれぞれ職業や特技、年齢などの情報が与えられていました。それを基に5人をピックアップし、なぜそのメンバーを選抜したのか理由を述べたあとで、なぜ彼を選んだのか、彼女の方が適任ではないのか、などの議論を行い、最終的にクラスメイト全員の総意の5人を決めました。生物学の授業では、「グループプレゼン」が最終課題でした。テーマは日本の企業、会社員についてで、3週間前からグループメンバーで集まって内容の構成や資料の作成を行いました。このテーマは私が履修しているということで、教授が私たちのグループのために課したテーマであり、私主体で行う必要がありました。この留学の締めとして、納得のいくプレゼンをすることができました。 あんなに長く感じていた留学生活もとうとう終わりを迎えました。正直現段階では自分がどれくらい成長できたのかはわかりません。しかし、留学の経験は必ず今後の人生に生きてくるはずです。この留学が無駄だったと思ってしまったり、周りからそう思われたりしないようにしていきたいです。
イベロアメリカ言語学科 4年 交換
留学成果報告書1月分
ブラジル留学まとめ
【派遣先大学について】 (1) 基本情報 ・設立年 1960年 ・学生数 約1,5000人 ・設置学部 20学部学士課程(学部課程) 経営学、建築・都市計画学、芸術・デザイン、美術、コンピュータサイエンス(情報科学)、宗教学、生物科学、会計学、経済学、基礎科学、人文科学、社会科学、映画・映像学、デザイン、法学、体育学、看護学、環境・衛生工学、土木工学、計算工学、生産工学、電気工学(エネルギー/ロボティクスおよび産業オートメーション/電力システム/電子システム/通信)、機械工学、統計学、薬学、哲学、物理学、理学療法学、地理学、歴史学、ジャーナリズム、文学(手話Libras/翻訳:ポルトガル語・スペイン語・フランス語・英語・イタリア語・ラテン語)、数学、医学、獣医学、ファッション学、音楽(声楽/フルート/ピアノ/ギター/ヴァイオリン/チェロ/作曲/教員養成課程)、栄養学、歯学、教育学、心理学、化学、ラジオ・テレビ・インターネット、社会福祉学、情報システム学、観光学 ・その他 ブラジル国内大学を対象として実施された2023年のIGC(General Course Index)評価において、最高評価である「5」を獲得しており、国内大学の上位3%に位置している。また、教育の質の高さに定評があり、ブラジル国内ランキングではトップ8位にランクインしている。さらに、各学部には図書館が完備されており、学習環境も充実している。 (2) 所属した学部、コース、プログラム等(原語および日本語訳) • Letras(文学部) • Física(体育学部) • Artes(芸術学部) • Instituto de Ciências Humanas(人文社会学部) (3) プログラムの概要 ・履修可能な授業、所属学部選択の制限など 履修に関する制限は特に設けられておらず、留学生であってもすべての講義を履修することが可能です。私自身も、複数の学部にまたがる様々な講義を受講させていただきました。 (4) 大学の雰囲気、留学生や日本からの学生の割合や人数 大学全体の雰囲気は、良い意味で落ち着いている印象であった。学生は騒がしいというよりも穏やかで温厚な性格の者が多く、留学生に対しても親切に接してくれる学生や教員が多かった。 留学生は、ヨーロッパ、ラテンアメリカ、アジア、アフリカなど多様な地域から受け入れられていたが、特にラテンアメリカ語圏出身の学生が多い印象であった。日本人学生は、KUIS以外に提携校がないこともあり、ほとんど在籍していなかった。また、韓国人学生も1〜2名程度であり、アジア圏からの留学生は非常に少ない状況であった。 (5) 課題や試験 (KUISとの違いや負担の大きさなど) UFJFにおける課題や試験は、単なる記憶や知識の暗記を問う形式ではなく、発表や論述形式が中心であった。授業で学んだ内容を総合的に理解し、それを応用して課題を遂行する力が求められる場合が多く、知識の理解度だけでなく思考力や表現力も評価の対象となった。 そのため、日頃から授業の内容を丁寧に整理し、ノートを活用して復習を重ねておくことが、試験や課題に対応する上で重要である。KUISでの学習と比べると、暗記型の試験負担は少ないものの、授業内容を主体的に整理・応用する姿勢が求められる点で負担の種類が異なると感じた。 (6) 困ったときに相談できたか、相談窓口はどこか、どのようなサポートを受けられたか UFJFでは、国際戦略部(DRI)によるサポート体制が非常に充実しており、留学に関わるほぼすべての手続きを支援していただけた。履修方法の相談や、自身の興味に応じた講義・教員の紹介、学内施設(学食・図書館・バスなど)の利用方法に加え、外国人登録(RNM)の申請手続きについても、必要に応じて学外への同行支援まで行っていただいた。 留学中に何か問題が発生した場合も、国際戦略部のHugoさんやRobsonさんに相談すれば、ほぼすべての問題が解決する体制が整っていた。実際、私がRNM手続きでサーバーエラーに遭遇した際も、業務多忙であるにもかかわらず最後まで手伝っていただき、登録料の支払いのために学外の宝くじ売り場まで同行してくださった。このように、学生一人ひとりに非常に丁寧で手厚い対応が行われていたことは特筆に値する。 また、HugoさんはKUISへの留学経験もあり、ポルトガル語での相談が難しい場合でも日本語で対応してもらえる環境が整っていたことは、精神的にも非常に心強かった。 (7) オリエンテーション (オリエンテーションがあったか、あった場合その内容) 私は到着日程の都合によりオリエンテーションに参加できなかったため、具体的な内容については他の学生の報告書を参照していただきたい。しかし、参加せずとも学生生活を始める上で特に支障はなく、国際戦略部を訪問すればオリエンテーションで行われる内容と同等の説明を受けることができるため、情報面での不便はほとんどなかった。 (8) 履修登録 (履修登録のタイミング(渡航前・渡航後)や、履修登録の方法など) 履修登録は渡航後に行われ、授業開始後に各講義を体験受講した上で、約2週間後にDRIに履修希望科目のリストを提出する形で行われた。講義一覧については、DRIのHugoさんに連絡すればすべて送付してもらえる。また、履修登録後の変更も可能であるため、興味のある講義は一度登録し、後で調整やキャンセルを行うこともでき、柔軟な履修管理が可能であった。 【自身の留学について】 (1) 留学を決意した理由 ブラジル・ポルトガル語、さらにブラジルの歴史や文化を学ぶ中で、実際に現地を訪れ、文化に直接触れる体験を通して理解を深めたいと考えたことが留学の決意の理由である。もちろん語学力向上も目的の一つであったが、日本での座学だけでは得られない実践的な知識や経験を得たいという思いが強かった。 (2) 留学先を選んだ理由 KUIS在学中、UFJFからの留学生が多く来日していたことから、同じ大学で学ぶことで学習面や生活面での支援を受けやすく、友人関係の構築においても不安を軽減できると考えた。また、ジュイス・ジ・フォーラは物価が比較的安く治安も良好であり、リオデジャネイロやサンパウロなど大都市へのアクセスも容易である点は、生活費を抑えながら充実した留学生活を送るうえで好条件であった。 (3) 留学のためにした準備/しておけば良かったと思う準備(学習面) 行った準備 • 普段の授業やMULCでの自主学習に積極的に取り組んだ。 • ブラジルと日本の文化・伝統・歴史・地域についての理解を深めた。 しておけば良かった準備 • 簡単な本でもよいので、ポルトガル語の読解習慣をつけておくこと。読解に慣れていれば、講義理解や課題遂行がより円滑になったと感じる。 • ポルトガル語での説明が理解しづらい場合に備えて、英語での説明理解力を高めておくことも有効であった。 • 宗教や政治に関する知識についても、事前に学習しておくことでより良い説明や理解ができたと感じる場面が多かった。 (4) 留学のためにした準備/しておけば良かったと思う準備(生活面) 行った準備 • 日本滞在中からブラジル人留学生と関係を築き、積極的に交流すること。 しておけば良かった準備 • 教科書にはない口語表現や若者言葉を学んでおくことで、日常生活で遭遇する未知の単語の数を減らし、スムーズでよりネイティブに近いコミュニケーションが可能になったと感じる。 • 過去の留学報告書を事前に読み込み、現地で直面する問題や手続きに備えておくこと。事前に情報を把握していれば、解決が容易であった課題も多かったと実感している。 (5) 留学中の交友関係 (どのようなきっかけで交友関係が広がったか、どのような活動をしたかなど) 交友関係は、日本に留学生として来日していたブラジル人の友人をきっかけに広がっていった。現地到着後、その友人から家族や知人を紹介していただき、家庭での集まりや食事に招いていただく機会を通して、地域社会とのつながりを築くことができた。 また、サンパウロ大学の友人との交流を通じて、同大学の学生やサンパウロに駐在している日本人駐在員の方々とも知り合うことができた。大学という枠を越え、ビジネス分野における人的ネットワークを構築できたことは、大きな財産となっている。 (6) 授業についての全般的な感想、学んだこと 特に印象的であったのは、学生の授業に対する積極性と主体性である。公立大学であり学費が無償であるにもかかわらず、学生は高い意欲を持って授業に参加していた。その姿勢は、高額な学費を支払って学んでいる私たちが改めて見習うべき点であると感じた。大学は単なる教育機関ではなく研究機関であるという本質を再認識する機会となった。 授業形式は日本と比較して自由度が高く、受動的ではなかった。一方で、学生からのリクエストや柔軟な方針変更により、授業進行に一貫性が感じられない場面もあった。知識を体系的に積み上げるという点では日本の教育に強みを感じる一方、得た知識を活用し応用する力を養う点ではブラジルの教育に優位性があると感じた。両国の教育の特性を体感できたことは、今後の学習観を形成する上で非常に意義深い経験であった。 (7) 授業外で参加した活動 (ボランティア、サークルなど:参加した場合申し込み方法) サンパウロでは、日本人祭りや県人会などのイベントやボランティア活動に、駐在員の方々の紹介を通じて参加させていただいた。こうした活動を通じ、日本人コミュニティとブラジル社会の関わりを実地で学ぶことができた。 また、ジュイス・ジ・フォーラでは、体育学部で育成年代の研究を行っている教授と連携し、日本の多言語サッカースクールを支援するための研究資料やデータの活用に関わらせていただいた。加えて、運営協力を依頼するなど、学術と実践を結びつける取り組みにも参加した。 (8) 授業外の活動についての全般的な感想、学んだこと ブラジルには、過去の日本人留学生や駐在員の方々が築いてきた信頼関係や実績があるため、自分から積極的に動かなくても、一定の活動機会は得やすい環境にあると感じた。しかし、その基盤があるからこそ、自身の専門分野や関心領域に特化した活動を主体的に開拓していく姿勢が重要であると考える。受け入れてくれる土壌や挑戦できる環境は整っているため、それをどのように活用するかは自分次第であるということを強く実感した。 (9) 留学で達成した最も大きなこと 最も大きな達成は、価値観の許容範囲が大きく広がったことである。ブラジルで多様な人々や社会環境に触れる中で、日本では当たり前と考えていた価値観が揺さぶられる場面が数多くあった。そのたびに自分自身の考えを見つめ直し、多角的に物事を捉える姿勢を身につけることができた。 語学力の向上も大きな成果であるが、「ブラジルでしか得られない経験」という観点で考えると、最も大きな変化は思考の柔軟性と多様性への理解であると考える。 (10) 今後どのような学習を継続していきたいか 今後は、ポルトガル語の語彙や文法知識を継続的に積み重ね、言語運用の精度と表現の幅をさらに高めていきたい。また、ブラジルのみならず、他地域のポルトガル語の特徴についても学び、場面や地域に応じて適切に使い分けられる能力を身につけたいと考えている。 【渡航・滞在先住居について】 (1) 派遣先への出願 (気を付けるべき点など) 今後は、ポルトガル語の語彙や文法知識を継続的に積み重ね、言語運用の精度と表現の幅をさらに高めていきたい。また、ブラジルのみならず、他地域のポルトガル語の特徴についても学び、場面や地域に応じて適切に使い分けられる能力を身につけたいと考えている。 (2) ビザ申請 (気を付けるべき点や、申請から発行までにかかった時間など) ビザ申請は最も注意を要する手続きである。取得に時間を要する書類も多く、慣れない手続きが続くため精神的に不安になることもある。 特に以下の書類は発行に時間がかかるため早期対応が必要である。 • 無犯罪証明書 • 戸籍謄本の取得と英語訳 書類取得から申請完了まで一定の時間を要するため、十分な余裕を持って計画的に進めることが重要である。多少のトラブルがあっても自力で対応する姿勢が求められる。 (3) 航空券を予約した方法 (旅行代理店や利用したウェブサイトなど) 航空券は Trip.com および Skyscanner を利用して比較検索し、最安値を選択した。旅行代理店を利用すると費用が上がると判断し、オンライン予約のみで手配した。結果として約15万円で渡航することができた。 (4) 渡航したルート 東京(NRT) → チューリッヒ(ZRH) → サンパウロ(GRU) → リオ・デ・ジャネイロ(GIG) 長距離移動となるため、乗り継ぎ時間には余裕を持つことが望ましい。 (5) 最寄りの空港から大学または住居までの移動 (大学の出迎えサービスがあったか、どの交通機関を使用したかなど) 大学による出迎えサービスはなかった。 リオ・デ・ジャネイロ到着後、Rodoviária Novo Rioへ移動し、そこからジュイス・ジ・フォーラ行きの長距離バスを利用した。事前にバス会社や時刻表を確認しておくと安心である。購入は、事前にネットで行った。 (6) 滞在先住居を探した方法 (大学の寮に申し込めたか、寮に滞在した場合は申込みの方法やいつ頃申し込んだか、不動産業者や特定のウェブサイトを使用した場合はその名称やURLなど、住居を手配した方法を詳細に記入してください) 渡航前から、KUISに留学していた友人の紹介で知り合ったオーナーに連絡を取り、複数の物件を内見した上で契約した。 一般的には以下の方法も有効である。 • Facebook • Viva Real 紹介経由は信頼性が高く、契約までの流れも円滑であった。 (7) 滞在先住居についての詳細 (費用の支払い方法、設備や備品は何があったか、メンテンスの状態など) 家賃:約R$800 支払方法: • Wise経由 • Pix mobiliado(家具付き)物件を契約したため、生活に必要な基本設備は整っていた。 備え付け設備 • ベッド • 机 • クローゼット • フライパン • 洗濯機 自身で購入したもの • マットレス • 枕 • ハンガー • 時計 • 鏡 到着直後から生活を開始できる環境であり、メンテナンス状態も概ね良好であった。 (8) 滞在先についての感想、アドバイス (どのような生活をするべきか、何を持っていくべきかなど) 生活費を抑えるためには、大学の学食と自炊を中心とした生活が最も効率的である。特に学食は低価格で栄養バランスも比較的良く、日常的に活用することで支出を大幅に抑えることができる。 移動手段については、以下のサービスを適切に使い分けることで交通費を節約できる。 • 長距離バス • BlaBlaCar(相乗りサービス) • 99 • Uber 特に都市間移動では長距離バスやBlaBlaCar、市内移動では99やUberを利用することで、安全性と費用のバランスを取りやすい。 生活環境については、住宅によっては虫が頻繁に発生する場合がある。特に気温や湿度の高い時期は増加する傾向があるため、虫除けスプレーや殺虫剤などの対策用品を準備しておくと安心である。 また、ブラジル人の友人は非常に社交的で、こちらから積極的に声をかけることで様々な場所に連れて行ってくれることが多い。行きたい場所や挑戦したいことを日頃から周囲に共有しておくと、偶然その地域出身の友人と繋がったり、有益な経験に発展したりする機会が生まれる。受け身ではなく、自ら意思表示をすることが生活の充実度を大きく左右すると感じた。 【滞在国・地域での生活について】 (1) 現地での支払方法や現金の調達 (どの支払い方法を主に使用していたか、現金をどうやって引き出したか、日本からどうやって送金したか、クレジットカードはどの程度使用できるかなど) 日常生活では現金の使用頻度は非常に低かった(旅行先でのバス利用時を除く)。 日本の銀行からWise経由で Banco do Brasil に送金し、ATMで引き出していた。クレジットカードやPix決済が広く普及しているため、キャッシュレス環境は整っている。 (2) 携帯電話 (現地で携帯電話やSIMカードをどうやって購入したかなど) ショッピングモール内の Vivo 店舗でSIMカードを契約した。事前に料金プランを調査していたため、契約はスムーズであった。 (3) インターネット (キャンパス内や住居、街中でのインターネットの繋がりやすさなど) 大学では図書館のWi-Fiは安定しているが、教室によっては接続が不安定な場合があった。住居のインターネット環境は快適で問題はなかった。 (4) 医療 (現地で病院にかかったか、その際の対応はどうだったか、困ったことはあったかなど) 5月に発熱と吐き気が続いたため、UPA(公立救急医療機関)を受診した。渡航前から、ポルトガル語で自分の症状や直近の食事内容、服薬状況などを整理しておき、説明できる準備をしていたことが非常に役立った。また、ブラジル人の友人に同行してもらったことで、受付手続きや問診での意思疎通もスムーズに行うことができた。 現地の医療スタッフは非常に丁寧で、症状を確認した上で迅速に点滴治療を施してくれたため、短期間で体調を回復させることができた。 (5) 日本から持っていくべきもの  • 撥水・防水ハイキングシューズ • マリンシューズ • 防水・防風ジャケット • 40L程度の旅行用リュック • 速乾インナー(夏用) • ヒートテック(冬用) • 室内干しでも乾きやすいタオル • 日本製の医薬品・化粧品 • 湿布、外用薬、虫刺され薬 • 軟膏(オロナイン類似) • アースノーマット • ポケットティッシュ • ふりかけ • はらまき • 変換プラグ • 体温計 • 腕時計 • 文房具 • USBケーブル複数本 • コロコロ、消臭スプレー (6) 治安状況 (どのような危険があるか、どうやって情報を入手したか、どのような対策をしていたか) ジュイス・ジ・フォーラではDom Bosco地区に注意していれば大きな問題は感じなかった。 一方で、リオ・デ・ジャネイロ、サンパウロ、ノルデスチ地方、イベント参加時は以下を徹底した。 • 高価に見える服装を避ける • 荷物を最小限にする • 場合によっては携帯電話を持参しない • 現地人と行動する • 領事館情報や現地ニュースを事前確認 過度に恐れる必要はないが、リスク管理意識は不可欠である。 (7) 食事 (毎食どのように用意したか、大学の学食があったか、学食や外食はいくらくらいか) 基本は学食と自炊であった。 学食は1食約40円で、平日は昼・夜の利用が可能である。 外食は、 • チェーン店:約1,000円 • 高価格帯の店:約2,000円(サービス料込み) 物価差を考慮すると、学食のコストパフォーマンスは非常に高い。 (8) 情報の入手 (書籍やウェブサイト、ガイドブックなど、現地の情報をどのように入手したか) ガイドブックは使用せず、主にTikTokやInstagram などのSNSで観光情報を事前に調査した。現地では友人や知人からの口コミ情報が有効であった。 (9) 特筆すべき文化や習慣の違い、気を付けるべき点 LGBTや宗教に関する価値観は日本と大きく異なる。多様な立場が明確に存在し、自身の意見を求められる場面も多い。曖昧な態度ではなく、相手を尊重しつつ自分の立場を明確に示す姿勢が重要である。 【進路について】 ※目標編(非公開)と重複しても構いませんが、公開することが差し支える内容は目標編に記載してください。 (1) 留学終了後の進路 (就職、進学、未定など、決まっておりかつ公開が差支えなければ就職先や進学先) 卒業後は、日本企業のうち海外駐在の機会がある企業を中心に就職活動を行う予定である。特に、将来的に海外拠点での業務に携わることができる環境を志望している。あわせて、在外公館派遣員試験にも挑戦し、外交・国際業務に関わる可能性も模索していきたいと考えている。 (2) 現地での就職活動や進学準備 (現地から日本の企業に就職活動をしたか、日本企業のジョブフェアなど現地で就職活動をしたか、大学院の進学準備をどのように行ったかなど、した場合その方法) 留学期間中、本格的な就職活動は十分に行うことができなかったが、留学初期にはオンラインで実施されている企業の合同説明会に参加し、業界研究や自己分析を進めていた。 同期の進路が次々と決定していく中で焦りを感じる場面もあったが、最終的には「今年度中の就職活動は行わず、帰国後に取り組む」と判断した。その決断により、留学中は目の前の学習や現地での経験に集中することができ、自分のペースで将来を考える時間を確保することができた。 結果として、留学期間を中途半端な状態で終えることなく、学業および現地活動に専念できたことは有意義であったと感じている。 (3) その進路に対して留学経験をどう活かすか 将来的には、ブラジルあるいはポルトガル語圏と関わる業務に従事し、留学で培った語学力を実務レベルで活かしたいと考えている。 また、語学力のみならず、異文化環境における適応力、多様な価値観を受け入れる姿勢、主体的に行動する力といった非認知的能力も、今後の職務において重要な資産になると考えている。 特にブラジルでの経験を通して得た「自分の常識を相対化する視点」は、国際業務に限らず、組織内外の多様な立場の人々と協働する上で大きな強みになると考えている。 【今後留学を目指す学生へのアドバイス】 留学を検討している学生は、「なぜ自分は留学をしたいのか」「なぜ旅行ではなく“留学”でなければならないのか」という問いに、時間をかけて向き合うべきである。 旅行は非日常を“体験”するものであるのに対し、留学は非日常を“生活”に変える選択である。旅行では都合の良い部分だけを切り取ることができるが、留学では言語の壁、制度の違い、文化的摩擦、孤独、不安といった現実と継続的に向き合うことになる。だからこそ、自分の動機が曖昧なままでは、困難に直面した際に立ち戻る軸を失ってしまう。 明確で立派な理由が最初からある必要はない。しかし、「なぜ今なのか」「なぜその国なのか」「その経験を通して自分はどう変わりたいのか」といった問いを自分自身に投げかけ続けることが重要である。その内省の過程こそが、留学を単なる海外滞在から“自己変容の機会”へと昇華させる。 留学は、良くも悪くも自分の前提を破壊する経験である。これまで当然だと思っていた価値観、正しさ、常識が通用しない場面に何度も直面する。自分の語学力の未熟さ、論理性の弱さ、視野の狭さを突きつけられることもある。その過程は決して快適ではない。しかし、その不快感こそが成長の源泉である。 異なる文化の中で生活するということは、「自分が多数派である」という前提を失うことである。自分の意見が常識ではなくなり、自分の文化が基準ではなくなる。その経験を経ることで、初めて他者の立場を本質的に理解する視点が養われる。これは語学力以上に価値のある財産である。 また、留学を選択することで、周囲とは異なる時間軸を歩むことになる可能性もある。就職活動の時期がずれる、卒業が遅れる、キャリアが一時的に停滞するように見えることもある。しかし、人生を長期的な視点で捉えたとき、数か月や一年の差異は決定的なものではない。むしろ、自ら選択し、自ら責任を負った経験の蓄積こそが、その後の人生の意思決定を支える基盤となる。 留学の価値は、「どこへ行ったか」ではなく、「その環境でどれだけ主体的に行動したか」によって決まる。受け身で過ごせば、どれほど遠い国にいても成長は限定的である。一方で、自ら問いを持ち、人に会い、挑戦し、失敗し、振り返ることを繰り返せば、その経験は確実に血肉となる。 最終的に重要なのは、留学を“特別な経歴”にすることではなく、“自分の思考と選択の質を高める経験”にできるかどうかである。 それでもなお挑戦したいと感じるのであれば、迷う時間も含めて意味のある過程である。勇気を持って一歩を踏み出してほしい。 留学は、単なる海外経験ではない。自分が無意識に抱いてきた前提や常識を問い直し、思考を更新し続けるための環境であり、自身の可能性を拡張するための実践的な訓練の場であると、私は強く感じている。
イベロアメリカ言語学科 4年 交換
【① 気候、衣服】  1月の気候は、不安定そのものだった。今月はジュイス・ジ・フォーラ、リオ・デ・ジャネイロ、サンパウロなど複数の都市に滞在したが、いずれの地域においても、真夏日を思わせる強い暑さを感じる日があった一方で、長袖が必要と感じるほど気温が下がる日もあり、日による寒暖差が非常に大きかった。  月を通した気温の目安としては、最低気温が約16℃、最高気温が約33℃程度であり、天候によって体感温度が大きく左右される印象を受けた。特に晴天時の日差しは強く、同じ気温であっても、日本のような蒸し暑さではなく、日差しそのものによる暑さを強く感じる場面が多かった。また、日差しの影響により、1日屋外を歩いているだけでも肌が大きく日焼けしてしまうことがあるため、日焼け止めに加え、現地で広く使用されているPos sol(日焼け沈静用アロエジェル)などを携帯することの重要性を実感した。     さらに、11月頃から雨の日が増え始め、1月に入ってからも降雨の頻度は高い状態が続いている。ブラジルの雨は短時間で激しく降る、いわゆるスコールのような形態が多く、外出前に天候を確認する習慣が欠かせないものとなった。現地で販売されている雨具は簡易的なものが多く、耐久性の面で不安を感じる場面もあったため、日本から高性能なレインウェアや折り畳み傘を持参することは、実用面で大きな利点があると感じた。私は上着用のカッパのみを持参していたが、防水性のある靴や下半身用の装備を用意していなかったため、この点については少し後悔している。 【② 学校生活と授業】  今月は後期の最終月にあたるため、各授業においてテストが実施された。テストの形式はオーラルテストや筆記試験、プレゼンテーションなど多岐にわたり、後期を通じて身につけた語学力や理解度が総合的に問われる内容であった。前期と同様に、単なる暗記では対応できない設問が多く、準備にはかなりの時間を要した。 特にオーラルテストでは、即興的な受け答えや自分の意見をその場で組み立てて発話する力が求められ、単なる知識量だけでなく、実際に使える言語運用能力を重視する授業方針が明確に表れていると感じた。  また、この1年間の留学生活を通じて多様な授業に参加し、多くの学びを得てきたが、今月でそれらすべてが終了したことで、留学としての1つの大きな節目を迎えたことを強く実感した。 日々の授業に追われていた期間は長いようで短く、学習が日常の一部として定着していたからこそ、その終わりを迎えた際には静かな寂しさを覚えた。  しかし、後期の終了をもって私の学生生活における全授業が完結した現在、これまで受講してきた授業を改めて振り返ると、受講して後悔したものは1つもなく、いずれの授業においても、自身の語学力のみならず、異なる価値観に向き合う姿勢や考え方そのものを広げる貴重な経験になったと感じている。これらの学びは、私の今後の学習や将来の進路を考えるうえでも重要な基盤になると確信しており、改めて自身で選択してきた進路が、意義のあるものであったと認識する契機となった。 【③ 私生活】 リオ・デ・ジャネイロ/コパカバーナビーチでの年越し  2025年も大晦日を迎え、海外で初めて新年を迎えることとなった。昼過ぎ、地球の反対側にある日本ではすでに年が明けており、LINEや Instagramなどの SNS上には「明けましておめでとう」という言葉が次々と流れていた。画面の向こうでは新年が始まっていて、自分だけがまだ2025年に取り残されている状態に、時差というものをこれまで以上に強く意識させられた瞬間だった。  大晦日のリオ・デ・ジャネイロは、日本で一般的に見られる落ち着いた年末の雰囲気とは大きく異なり、観光都市であることも相まって、街全体がお祭りのような高揚感に包まれていた。留学前から、2026年の年明けはコパカバーナビーチで迎えたいと考えていたため、この日はブラジル人の友人とともに、伝統に倣って全身白い服に着替え、夕方17時頃、早めにコパカバーナへ向けて出発した。 (ブラジルでは、新年に平和や幸せを願い、白い服を身に着ける習慣がある。また、年明けに海へ入り、7回波を越えながら願い事をするという伝統的な儀式もある。)  当日のコパカバーナ周辺は想像以上の混雑で、19時以降の車両の進入が閉鎖されていたため、主な移動手段は公共バスや電車、徒歩に限られていた。バスは乗車率が100%近く、途中乗車が難しいほどであるが、友人から事前に情報を得ていたため、私たちは始発から乗車することで大きな支障なく現地へ向かうことができた。年末に同地を訪れる際には、ブラジル人と一緒に行くか事前の情報収集が重要であると感じた。  ビーチに到着すると、前面の道路は歩行者天国となっており、街中から集まった多くの人々で溢れていた。リオの年末年始は治安面に不安を抱いていたが、実際には警察官や機動隊の姿が至る所にあり、周囲の雰囲気も含め、想定していたほどの不安は感じなかった。ビーチに設置された特設ステージでは、有名アーティストによるライブが絶え間なく行われ、日本の年末とは全く異なっていた、音量も規模も規格外で賑やかな年末の光景が広がっていた。  当日は10数名のグループで訪れていたため、カンガを6〜7枚ほど敷き、それぞれが持ち寄ったお菓子やジュースを囲みながら、年明けの瞬間を待った。カウントダウンが始まると、多くの人々が一斉に海の方向へ集まり、身動きが取りづらいほどの混雑の中で空を見上げていた。  「0」の掛け声と同時に、夜空を覆い尽くすような花火が一斉に打ち上げられ、その迫力に圧倒された。日本の花火大会と比べても規模は非常に大きく、日本でいうクライマックスに相当する花火が、約30分間にわたって続いた。周囲は拍手と歓声に包まれ、その場にいる全員が同じ瞬間を共有し、一体感を強く感じた。  その後はドローンショーが始まり、夜空にコルコバードのキリスト像が描かれたり、「2025」から「2026」へと数字が切り替わる演出が行われたりする様子を見ることができた。日本の伝統的で静かな新年とは異なる、賑やかで祝祭的な年明け、そして初めて目にした大西洋から昇る初日の出、すべてが新鮮で強く心に残る体験となった。ここで新年を迎えられたことで、今年もまた新たな挑戦に前向きに取り組んでいきたいという気持ちを一層引き締めることができた。 帰国する友人達  1月を迎え、UFJFではまだ授業が継続しているものの、ストライキの影響を受けていない他大学では学期が既に終了しており、それぞれ母国へ帰国する友人たちが出始めた。 1年間という限定的な期間ではあったが、多くの時間を共に過ごした友人が次々と帰っていく現実は想像以上に寂しく、次はいよいよ自分の番なのだと思うと、ブラジルでの生活が一層名残惜しく感じられた。  私を含む帰国予定の留学生組と現地の学生達で Despedida(お別れ会) を開き、これまでの留学生活を振り返りながら思い出を語り合い、写真を撮り、さらには互いにメッセージを書き合うなど、限られた残りの時間を惜しむように過ごした。中には、別れを前に涙を流してくれる友人や、わざわざサプライズプレゼントを用意してくれた友人もおり、その瞬間、自分がどれほど多くの人に支えられ、恵まれ、そして大切に思われていたのかを強く実感することができた。  留学生活の終わりが近づくことは寂しく、時に辛さも伴います。しかし、ここでしか出会えなかった友人や、ここでしか得られなかった経験、そして数えきれない思い出が胸に刻まれているからこそ、心から「留学をして本当によかった」と思えました。 アマゾン旅行  ブラジルでの最後の旅行先として、私はアマゾン州の州都マナウスを選びました。 アマゾンは説明不要な地球の肺であり、ブラジルをブラジルたらしめている象徴的な地域でもあります。世界最大の流域面積を誇るアマゾン川と、広大な熱帯雨林を有するこの地を、自分の目で確かめずに帰国するわけにはいかないと感じていました。  リオ・デ・ジャネイロからサンパウロを経由し、マナウス空港へ向かう機内で、眼下にアマゾン川が見えた瞬間、その規模に思わず言葉を失いました。 流域面積が世界一で、「海のように見える」と聞いてはいましたが、実際に上空から見た印象はそれをはるかに超えていました。最初に頭に浮かんだ感想は、「海の上に森が浮かんでいる…」といったもので、人間の想像や理解度を軽々と超えてくる光景でした。この異様とも言えるスケールを前に、これから始まる旅への期待で胸の高鳴りが止まりませんでした。  マナウス到着後は、日本の真夏をそのまま思い出させるような、湿度を伴った蒸し暑さに包まれながらホテルへ向かい、翌日以降の行程に備えて体を休めました。 熱帯雨林散策ツアー  滞在中、アマゾンの自然をより深く体感するため、現地の Tucano Turismo というツアー会社を利用し、1人 R$300の日帰り探索ツアーに参加しました。 インターネット上では同様のツアーが R$450以上、かつ宿泊を伴うものしか見つからず、日帰りでの参加を希望していたため、現地到着後に直接店舗を訪れて予約を行いました。ポルトガル語で直接やり取りしたことで、相場よりも安く予約できただけでなく、複雑な集合場所や当日の流れも問題なく理解することができ、自身の語学力の向上を実感する機会にもなりました。  ツアーでは、車で街の中心部から約3時間移動し、鬱蒼と木々が生い茂るジャングルの中へ入っていき、下車後森の中を歩きながら、洞窟や滝など熱帯雨林ならではのスポットを巡っていきました。雨季の時期で天候が不安定だったため、カッパ、滝用のサンダルと水着、虫対策として長袖・長ズボン、虫除け(SC Johnson社Repelente Exposis Extreme)を持参しました。参加者は、13名程でブラジル国籍の方はおらず、英語での説明も多くありました。 (バンの乗車人数に限りがあるので利用する場合は、早めの予約をお勧めします。 集合は、Teatro Amazonas 近くにあるHotel Dez de Julho 前に7:15でした。)  実際には半袖・半ズボンの参加者も多く、想像していたほど虫はいませんでしたが、万が一があるためやややりすぎ程度の対策をしておいて損はないと感じました。靴はトレッキングシューズを履いていきましたが、泥濘や水の中を進む場面も多く、マリンシューズや折り畳み式の長靴があればより便利だったと思います。  森を1時間ほど歩いた先で、大きな滝に到着しました。水は茶色く、流れも速く、少し泡立っている様子でしたが、多くの観光客が泳いで楽しんでいました。  「アマゾンで泳ぐ」という1つの夢を叶えるため、私も勇気を出して近くの岩場から水に飛び込みました。見た目の色から少し身構えていましたが、実際に入ってみると水は思っていたよりも心地よく、流れも想像ほど強くはありませんでした。茶色く濁った水に身を委ねるという非日常的な感覚がむしろ心地よく、滝の轟音を間近に聞きながら水面に浮かんでいると、世界最大級の熱帯雨林の中にただ自分がひとりぽつんといるのではないかという錯覚さえ覚えました。巨大な自然の中で遊んでいるという解放感に包まれ、時間の感覚さえ曖昧になるようなひとときでした。  水から上がったときには、「本当にアマゾンで泳いだ」という実感が強く残り、単に楽しかったという以上に、自分の中の1つの夢を確かに叶えたという満足感を覚えました。 先住民の洞窟  その後、車で別の森へ移動し、ガイドさんとともに再び1時間ほど歩き続けると、突然視界が開けた岩場に到着しました。巨大な岩が重なり合って自然の通路を形成し、その奥には洞窟と、上から滝が流れ落ちる幻想的な空間が広がっていました。  ガイドさんによると、この洞窟は約2000年前に実際に先住民が使用していた場所であり、光が差し込む滝は聖地として扱われていたそうです。洞窟の奥には調理場の跡も残されており、森の中に突如現れる岩場という地形の特性上、狩りをせずとも動物が自然と落ちてくることもあったと説明を受けました。  実際に彼らの生活の痕跡を目の当たりにし、この場所にわざわざ足を運んだからこそ貴重な体験ができました。熱帯雨林の自然だけでなく、人々の歴史にも触れることができた、非常に意義深い旅となりました。 アマゾン料理  アマゾン旅行中、特に驚かされ、感動したのが郷土料理の数々でした。 この地域では川で獲れる魚が日常的に食卓に並び、ジュイス・ジ・フォーラで肉中心の食生活を送っていた私にとって、アマゾンの魚料理は大きな楽しみの1つでした。  Mercado Municipal(中央市場)では、滞在中に何度も地元料理を味わう機会があり、世界最大の淡水魚である Pirarucu(ピラルク) をはじめ、Pacu(パクー)、Tambaqui(タンバキ)、Jaraqui(ジャラキ)、Piranha(ピラニア) など、さまざまな魚を主にフライでいただきました。  味の印象としては、 ・Pirarucu(ピラルク)はクセのない上質な白身魚で、骨もほとんどなく非常に食べやすいのが特徴です。ムケッカとして提供されることもありました。 ・Pacu(パクー)は皮が鶏皮せんべいのような味わいで、身は鶏肉と白身魚の中間のような食感でした。ただし骨が非常に多く硬いため注意が必要で、実際に口の中に骨が刺さり、出血してしまったこともありました。 ・Tambaqui(タンバキ)は脂が多く、ジューシーで食べ応えがあり、特にムケッカとの相性が良い魚でした。 ・Jaraqui(ジャラキ)は卵にししゃものような苦味があり、全体としてはタラに近い味わいでした。 ・Piranha(ピラニア)は味がほとんどなく、骨が非常に多いため可食部分が少ない魚でした。提供している店もほとんど見かけず、唯一見つけた店でも昼頃には在庫がなく、予約をすれば夜までに仕入れるという状況で、日常的に食べられているものではないと感じました。  ピラニアを除く多くの魚料理は、ワンプレートにご飯やフェイジョアーダが付いて R$25〜40程度 で提供されており、レモンを絞って食べると、日本の唐揚げのような感覚で次々と箸が進みました。これほど多くの川魚を食べる機会は初めてで、非常に満足度の高い食体験となりました。 船ツアー  翌日は、Boto Da Amazônia のツアー会社を利用し、1人 R$140 の船ツアーに参加しました。このツアーは WhatsApp を通じて事前予約を行い、朝8時に Mercado Municipal に集合した後、船で複数のスポットを巡る内容でした。参加者は約30人で、熱帯雨林散策ツアーとは異なりブラジル人の参加者が多く、ガイドも含めほぼすべてポルトガル語で進行されました。そのため、他の観光客とポルトガル語で会話する機会も多く、実践的な語学経験の場にもなりました。  大型船でのツアーだったため、船内には浄水器やトイレも完備されており、非常に快適な環境でした。Rio Negro(ネグロ川) を進むにつれて、川幅の広さと心地よい風に包まれ、まるで大海原へ航海に出たかのような感覚を覚えました。 Encontro das Águas(川の合流地点)  最初に向かったのは、Rio Negro(ネグロ川)と Rio Solimões(ソリモインス川)が、混ざり合うことなく並んで流れる「Encontro das Águas」と呼ばれる場所です。pH値や水温、流速の違いによって、色の異なる二つの川が一本の線を引いたように分かれて流れる、アマゾンを代表する景色の一つです。  船で20分ほど進むと、それまで一面に広がっていた黒い川の向こう側に、泥色がかった真っ茶色の水が現れました。近づくにつれて境界線ははっきりとし、水と油が分かれるように、二つの川が混ざる気配なく流れているのが目に見えて分かりました。その光景に、乗客たちは身を乗り出して写真や動画を撮り、船内は自然と盛り上がっていきました。  周囲では野生のイルカの姿も確認でき、ただ景色を眺めているだけでも、アマゾンという場所のスケールと不思議さを肌で感じる時間となりました。 ピラルク釣り  川の合流地点を後にした後は、そのままソリモインス川をしばらく遡りました。途中、現地の人々が小型ボートで移動する様子や、川の上に森が浮かんでいるかのような独特の景観も見ることができました。  やがて小さな水上施設に到着し、「これからピラルク釣りを行います」というアナウンスが流れました。施設にはピラルクの生簀が設置されており、すでに他の観光客が釣りに挑戦していました。水面から時折現れる巨大な鱗や尾びれが、水飛沫を上げながら動く様子は圧巻でした。  3回で R$10 のチケットを購入し、約10cmの小魚を餌にした釣竿を受け取り挑戦しました。竿を入れた瞬間、強靭な力で引き込まれ、姿を見ることも叶わず30秒足らずで餌を持っていかれてしまいました。そもそもピラルクは世界最大の淡水魚で、体長は最大 4.5m にも達する古代魚であり、約 1億年前 から姿を変えていない「生きた化石」とも呼ばれる怪魚です。そのため、竿1本で釣り上げるのは成人男性でも非常に困難です。  再挑戦では集中して臨み、強烈な引きに耐えながら力いっぱい竿を引くと、水中から巨大な頭部が姿を現しました。その姿はまるで恐竜のようで、約10秒間の格闘の末、再び敗北しましたが、その圧倒的なスケールとパワーを体感することができ、非常に印象深い体験となりました。 インディオの集落訪問  その後、インディオの集落を訪れました。集落では、顔にペイントを施してもらったり、伝統的な儀式を見学したり、インディオの人々やナマケモノと写真を撮る機会がありました。  しかし、写真撮影にはインディオが一人R$10、ナマケモノは一回R$25程度と明確な料金が設定されており、全体として強い観光ビジネスの色を感じました。特に印象的だったのは、集落で対応していたインディオの中に、同年代あるいは年下に見える若い女性たちも多く含まれていた点です。彼女たちは終始無表情で、儀式や撮影対応もどこか事務的に進められており、文化を共有する場というよりも、観光客を相手にした労働の場として機能しているように感じられました。  また、ナマケモノやワニとの写真撮影では、かなり積極的に勧誘される場面も多く、動物が文化体験の一部というより、収益のための「道具」として扱われている印象を受けました。個人的には、この点については違和感が強く、心から楽しめたとは言い難い体験でした。さらに撮影を断る場合は、曖昧な態度ではなく、かなり強めの意思表示をする必要があるとも感じました。撮影を希望する場合でも1頭ごとに請求をされてしまうので、同時に複数の動物を身体に乗せられないよう注意が必要です。 カワイルカ(ボト)  旅の最後に訪れたのは、今回の最大の目的の一つであるカワイルカ(通称ボト)が生息するスポットでした。ボトはアマゾン川流域のみに生息する固有種のイルカで、淡いピンク色の体を持つことが特徴です。絶滅危惧種にも指定されており、幼い頃に図鑑で眺めていた存在を、実際にこの目で見て触れられるという事実に、現地へ向かう前から自然と胸が高鳴っていました。  ガイドが水に入り、餌を撒いて呼び寄せると、水面下から次々と大きな魚影が現れ、あっという間に周囲を取り囲みました。ガイドが腕を上げて魚を差し出すと、ピンク色のイルカが水面から顔を出し、勢いよく餌をくわえていきました。そのたびに船上から歓声が上がり、現場は一気に熱気に包まれました。  ライフジャケットを着用し、私もイルカを囲むように水に入ると、水面から見えていたのはせいぜい2頭ほどだったにもかかわらず、実際には足元に何頭ものイルカが集まっていました。つるりとした体が手や足に触れ、ときには足の間をすり抜けるように泳ぎ、まるで持ち上げるかのように体を預けてくる瞬間もありました。  人生で初めてイルカと共に泳いだ体験は、想像をはるかに超えるもので、アマゾンの自然の豊かさと生命の近さを強く実感する時間となりました。深い満足感と余韻を胸に、旅の終わりを迎えました。 【総括】   1月は、複数のテストや発表を乗り越え、私の学生生活における最終学期を納得のいく形で締めくくることができた月であった。語学力の向上だけでなく、物事を多角的に考える力や異なる価値観を受け入れる姿勢の成長を実感できたことは、留学という選択が確かな意味を持っていたことの証になった。  私生活では、友人たちが次々と帰国していく姿を見送りながら、以前から覚悟していたはずの自身の帰国という現実が、日を重ねるごとに重みを増していった。別れの寂しさと同時に、多くの人に支えられてきた1年だったのだと気づく場面も多く、そうした思いを噛みしめる中で、この留学生活の充実を改めて実感した。  また旅行面では、念願であったアマゾン州マナウスを訪れ、世界最大級の熱帯雨林を実際に体感する機会を得た。熱帯雨林探索ツアーでは鬱蒼とした森を歩き、夢であったアマゾン川で泳ぎ、さらに先住民の歴史的痕跡にも触れることができた。自然の壮大さだけでなく、そこに積み重なってきた人々の営みにも向き合えたことは、極めて意義深い経験であった。さらに船ツアーにて、川を進みながらアマゾン固有の生物達に触れ、目の前に広がる自然の豊かさ肌で感じた。アマゾンを「歩き、泳ぎ、食べ、触れる」という五感すべてを使った体験は、単なる観光を超え、巨大な自然と真正面から向き合う時間であったと言える。  1月は、学業の一区切りを迎え、留学生活の終わりを実感しながら、念願であったアマゾンという象徴的な地にも足を踏み入れた、極めて密度の高い1ヶ月であった。来月にはいよいよ帰国を控えている。留学の締めくくりとして、私がブラジルを知るきっかけとなったブラジル最大のイベント、リオのカーニバルが待っている。最後の最後までこの国を自分の目で確かめ、心から楽しみ、確かな満足感を胸に日本へ帰国したい。
イベロアメリカ言語学科 4年 交換
2025-12
留学成果報告書12月分
Obrigada ブラジル
【派遣先大学について】 (1) 基本情報 ・設立年  1934年 ・学生数  約97000人 ・設置学部  哲学、文学、歴史学、社会科学、デザイン学、法学、経済学、出版学、体育とスポーツ学、教育通信学、看護学、舞台芸術学、視覚芸術学、天文学、経営学、建築と都市計画学、ジャーナリズム学、レジャーと観光学、マーケティング学、数学、応用数学、応用ビジネス数学、応用数学と科学計算学、医学、応用獣医学、応用気象学、音楽、栄養学、栄養と代謝学、産科学、海洋学、歯学、教育学、心理学、広告学、化学、国際関係学、広報学、公衆衛生学、情報システム学、作業療法学、テキスタイルとファッション学、観光学、動物科学、統計学、薬学、経済ビジネス学、物理学、計算物理学、医学物理学、理学療法学、言語聴覚療法学、地球科学と環境教育学、地球物理学、地理学、地質学、老年学、環境マネジメント学、公共政策管理学、食品工学、生体システム工学、コンピューター工学、材料工学、材料製造工学、鉱業工学、石油工学、生産工学、電気工学、物理工学、林業工学、機械工学、メカトロニクス工学、冶金工学、海軍工学、化学工学、航空工学、農業工学、環境工学、生物化学工学、土木工学、食品科学、精密科学、物理・生体分子科学、視聴覚学、バイオテクノロジー学、農業科学、数理科学、生物科学、生物医学、会計科学、コンピューターサイエンス学、自然科学、生物医学情報学   (2) 所属した学部、コース、プログラム等(原語および日本語訳) Letras(文学部) (3) プログラムの概要 ・履修可能な授業、所属学部選択の制限など  所属学部以外の授業も履修可能 ・学部留学の場合:選択した学部・学科以外の授業を履修できるか  履修可能 ・学部留学の場合:語学コースを並行履修できるか  有料、履修可能。履修しなかったため、費用は不明。   (4) 大学の雰囲気、留学生や日本からの学生の割合や人数  日本人留学生は他国からの留学生に比べて多いと思います。前期はヨーロッパから、後期は中国からの留学生が多かったです。大学はキャンパスが広く、教室は日本の大学と変わらない大きさでした。 (5) 課題や試験  言語の壁も含めて考えると、負担の大きさはあります。しかし、授業によってはテストでもレポートでもなくプレゼンテーションで最終評価がされたり、持ち込みありのテストもあったりしたので、自分に合った方法の授業を取ればスムーズにいくかもしれません。 (6) 困ったときに相談できたか、相談窓口はどこか、どのようなサポートを受けられたか  留学生や現地学生、留学生をサポートしてくれる部署など。メールでやり取りしたり、部署へ直接行ったりしました。私の場合、Bilhete Unicoという交通系のカードを作る際に必要な情報の手続きをしてもらいました。 (7) オリエンテーション  学期開始の2週間程前に留学生が集まるオリエンテーションがありました。大学の日程や、学食の案内など様々です。その後、希望者は現地学生とご飯に行ったり遊んだりするというプログラムもありました。 (8) 履修登録  入学許可が下りた時点で、サンパウロ大学から履修希望の提出を求められます。現地到着後、学期開始後に履修登録の期間があります。事前に送る履修希望の内容は特に関係なく、実際に授業を見ながら履修出来ます。 【自身の留学について】 (1) 留学を決意した理由  大学で学んだ知識を国内で活用するのは機会が限られていてもったいないし、ブラジルの文化を知りたいと思ったので留学を決めました。 (2) 留学先を選んだ理由  サンパウロ大学は優秀な大学と聞いていて、留学のタイミングでしかこのようなチャンスは訪れないと思ったからです。 (3) 留学のためにした準備/しておけば良かったと思う準備(学習面)  たくさんポルトガル語を聞いておくことです。読み書きも大事ですが、生活するうえでは聞きとることができないといけないので、ネイティブスピーカーの速さや言い回しに慣れておいたほうがいいです。 (4) 留学のためにした準備/しておけば良かったと思う準備(生活面)  洗濯ネット。ブラジルでも買えますが、ちょっと高くて質もまあまあ。 (5) 留学中の交友関係  授業で話しかけてくれる子や、日本語専攻の学生など。友達の友達なども多いです。 (6) 授業についての全般的な感想、学んだこと  難しい。日本語で説明されても分からないような内容です。それでも、履修できる分野が幅広いため、自分が興味を持った授業を取れるので楽しめると思います。 (7) 授業外で参加した活動  叔母の通う教会の活動の一環で、ホームレスの方々へのご飯作りや服作りに微力ながら参加しました。 (8) 授業外の活動についての全般的な感想、学んだこと  ホームレスの方々の多さ、そのサポートをする人々など、良いところも良くないところも、実際に目で見て現状を知って考えていくきっかけになりました。 (9) 留学で達成した最も大きなこと  知人から頼まれたポルトガル語でのスピーチ。 (10) 今後どのような学習を継続していきたいか  1年間で学んだポルトガル語を忘れないように、ポルトガル語での会話の機会を増やしていきながら、さらに専門的な分野のポルトガル語の知識も自主学習やネイティブから学んでいきたいです。 【渡航・滞在先住居について】 (1) 派遣先への出願  メールでの連絡が多く、こまめにチェックすること。 (2) ビザ申請  ビザではないですが、パスポートなどは油断せずに早めに進めた方がいいです。 (3) 航空券を予約した方法  Lufthansa (4) 渡航したルート  羽田空港発、フランクフルト経由、サンパウロ・グアルーリョス空港着 (5) 最寄りの空港から大学または住居までの移動  叔父、叔母の車。空港から出ている電車もあります。 (6) 滞在先についての感想、アドバイス  エアコンの無い家がほとんどです。熱中症に気を付けてください。虫除けもあると良いです。土足生活なので、サンダルなどあると便利です。ブラジルはビーチサンダルいっぱい売っているので現地調達もおすすめ。 【滞在国・地域での生活について】 (1) 現地での支払方法や現金の調達  渡航前に、ある程度換金しました。到着後はクレジットカードを使用し、その後現地で銀行口座を開設しました。 (2) 携帯電話  現地でSIMを契約しました。銀行口座が無いと契約できないので、私は叔母に協力してもらいました。 (3) インターネット  家にあったWi-Fiを使いました。 (4) 医療  何度か病院へかかる機会がありました。無料のところは全般の分野を取り扱うため、いつも人がたくさんいます。専門的なところだと有料ですが、良く対応してもらったので、病院にかかる際は、有料のところもおすすめです。 (5) 日本から持っていくべきもの  使っている薬。変換プラグ。 (6) 治安状況  どの場所も、夜に出歩くのは危ないと言われています。日中でも、携帯をかばんにしまうなどのことに気をつけていました。 (7) 食事  学食は50円くらいで、学生証にお金をチャージして入り口で払います。外食は1回で大体1000円前後になります。 (8) 情報の入手  大学の情報は友人伝えで知ることが多かったです。休みの日などはインスタグラムで知ったイベントに行くこともありました。 (9) 特筆すべき文化や習慣の違い、気を付けるべき点  住んでいくうちに慣れていくとは思いますが、サンパウロの人たちは日本人に慣れているので、ブラジル人が合わせてくれたことも色々ありました。 【進路について】 (1) 留学終了後の進路  未定。 (2) 現地での就職活動や進学準備  就職活動はそこまで進みませんでしたが、出来る範囲で興味を持った分野の検索などをしました。 (3) その進路に対して留学経験をどう活かすか  ポルトガル語やブラジル留学というマイナーなことを経験したことを強みとしてアピールしていきたいです。 【今後留学を目指す学生へのアドバイス】  私の留学体験を記してきましたが、私が20年間生きてきた経験から見たブラジルと、あなたが今まで生きて経験したことを踏まえて見るブラジルは大きく違うと思います。読んだり聞いたりするだけでは味わえないブラジルをぜひ楽しんでください。そしていつか、あなたの報告書を読んで、私と違う観点から見たブラジルを発見できることを楽しみにしています。
イベロアメリカ言語学科 4年 交換
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