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2024-06
月次報告書6月分
ラストマンス in Jakarta
今月はジャカルタで過ごす最後の月です。 今まで出会ってきた方々とお別れをし、最後のジャカルタを満喫しました。授業では、最終課題のプレゼンテーションとテストを受け、約10ヶ月間の授業は終了しました。長いようで短いあっという間の10ヶ月でした。 【生活編】 今月は、送られることが多かったです(当たり前ですが)。ジャカルタに関わらず、海外にいるとやはり日本人同士のコネクションが非常に強いです。6月上旬には、1月に一回だけお会いした人にお別れ会を開いていただきました。普通のお食事会だと思って参加したら、まさかの僕のための会だったので非常に驚きました。15日には、ジャカルタ北部にセリブ島にて、ラグビー部の方々が僕の送別会を開いていただきました。インドネシア人の友達とは、カフェで最後のノンクロンをしたり、帰国日4日前には一緒にPasar Baruに行きました。今までお会いしてきた全ての方々に、大感謝です。 【学習編】 今月7日に、最終課題として、インドネシアについてのプレゼンテーションがありました。私は「インドネシアの経済」について、現在、進められている首都移転政策と絡めて発表しました。発表会場がかなり広かったので、緊張しましたが、なんとか終える事ができました。その翌週には、期末テストがありました。正直、良い点数を取れたかは不安ですが、自分の頭の中にある知識をフルで出しました。 総じて、この10ヶ月間は、起こる事ほぼ全てが「初めて」であり、最初は不安しかありませんでしたが、いつしかそれが普通と思えるようになってきて、自分でなんとかできるようになっていました。自分の長所、そして短所も改めて知る事ができ、充実した留学生活だったと感じます。この経験を糧にして、将来、社会人として飛躍できるように努めていきます! Sampai Jumpa Lagi Indonesia!! また来るぜ!
留学成果報告書6月分
インドネシア留学のまとめ
【派遣先大学について】 (1) 基本情報 ・設立年-1960年 ・学生数-17,00人 ・設置学部-経済・経営学部、コミュニケーション学部、言語教育学部、技術学部、法学部、医学部、心理学部、バイオテクノロジー学部 (2) 所属した学部、コース-外国人学習者向けのインドネシア語コース(BIPA)、コミュニケーション学部 (3) プログラムの概要 ・履修可能な授業、所属学部選択の制限など-BIPA、学部内の授業は全て履修可能 ・学部留学の場合:選択した学部・学科以外の授業を履修できるか-許可を取れば聴講可能 ・学部留学の場合:語学コースを並行履修できるか-可能。 (4) 大学の雰囲気、留学生や日本からの学生の割合や人数-ダルマシスワ奨学金の留学生が8人、その他から3人 (5) 課題や試験(KUISとの違いや負担の大きさなど)-多い、又は同じくらい。 (6) 困ったときに相談できたか、相談窓口はどこか、どのようなサポートを受けられたか-できる。時と場合によって、対応異なる。 (7) オリエンテーション-あった。キャンパスツアーを兼ねたゲームをしたり、お昼ご飯をみんなで食べた。 (8) 履修登録-渡航前にシラバスを見たが、説明足らず。危うく、1時間ほどかかるもう一つのキャンパスの授業をとることになりそうだった。 【自身の留学について】 (1) 留学を決意した理由-行かなかったら後悔すると思ったから。 (2) 留学先を選んだ理由-協定校の中で最も難易度、知名度が高かったから。 (3) 留学のためにした準備/しておけば良かったと思う準備(学習面)-渡航前にインドネシア語検定C級を取得し自信をつけた。ある程度の単語の知識を入れた。 (4) 留学のためにした準備/しておけば良かったと思う準備(生活面)5種類のワクチンを打った。長袖の服をもう少し持っていけばよかった。 (5) 留学中の交友関係(どのようなきっかけで交友関係が広がったか、どのような活動をしたかなど)-K3Jの皆んなと遊んだ。スポーツ大会をしたり、ボーリングに行ったり、お昼や夜ご飯を食べた。 (6) 授業についての全般的な感想、学んだこと-現地の生きたインドネシア語を沢山学ぶことができた。 (7) 授業外で参加した活動(ボランティア、サークルなど:参加した場合申し込み方法)ジャパネシアと呼ばれるジャカルタにいる日本人と交流するという場に参加した。留学生みんなで一泊二日で離島に行った。 (8) 授業外の活動についての全般的な感想、学んだこと-インドネシア人に限らず、外国人と過ごすのはとても大変に感じる反面、吸収できることも沢山ありとても有意義なものだと感じた。 (9) 留学で達成した最も大きなこと-発展途上国で10ヶ月間という長い期間生活できたこと。 (10) 今後どのような学習を継続していきたいか-今後社会人になり多様な人々と関わる中で、物事を広く柔軟に受け入れていく姿勢をもち続けたい。 【渡航・滞在先住居について】 (1) 派遣先への出願(気を付けるべき点など)-個人で行う。 (2) ビザ申請(気を付けるべき点や、申請から発行までにかかった時間など)-大学側が行った。 (3) 航空券を予約した方法-ウェブサイト。 (4) 渡航したルート-行き:日本→シンガポール→ジャカルタ/帰り:ジャカルタ→日本 (5) 最寄りの空港から大学または住居までの移動-大学の送迎。 (6) 滞在先住居を探した方法-先輩が住んでいた場所 (7) 滞在先住居についての詳細-現金払い。清掃員によって、掃除の加減が異なる。WiFiは日による。 (8) 滞在先についての感想、アドバイス-きつい・汚い・危険を覚悟する。 【滞在国・地域での生活について】 (1) 現地での支払方法や現金の調達-現金とQRコード決済。現地の銀行でカードを作ると便利。 (2) 携帯電話-IMEI登録失敗して、もう一台スマホを買いテザリングして使用。常にスマホ2台持ち生活。頻繁に通信障害起こる。 (3) インターネット(キャンパス内や住居、街中でのインターネットの繋がりやすさなど)-家も学校も時と場合によって最悪。オンライン面接開始後すぐ画面が真っ暗になり電話面接状態に。 (4) 医療(現地で病院にかかったか、その際の対応はどうだったか、困ったことはあったかなど)-軽い症状なら、タケノコ診療所で問題なし。重い病気などは、大きな病院に行く必要あり。診察が遅い。 (5) 日本から持っていくべきもの-持っていけるだけの日本食(現地で購入できるが高い。) (6) 治安状況(どのような危険があるか、どうやって情報を入手したか、どのような対策をしていたか)-言うほど悪くないが場所による。貴重品は常に注意して持ち歩く。 (7) 食事-屋台だと100〜200円だが、油物ばかりで辛い。きつい。日本食が恋しくなる。自炊する方が高い。 (8) 情報の入手(書籍やウェブサイト、ガイドブックなど、現地の情報をどのように入手したか)-知り合いから。 (9) 特筆すべき文化や習慣の違い、気を付けるべき点-アザーンがきつい。 【進路について】 (1) 留学終了後の進路-就職 (2) 現地での就職活動や進学準備-オンラインでインターン、説明会、面接。 (3) その進路に対して留学経験をどう活かすか-多様な人々と関わる際、柔軟に広く物事を考え、受け入れられるようになったこと。 【今後留学を目指す学生へのアドバイス】 2−3年次の留学をお勧めする。 現地での就活との両立は厳しい。静かな環境やWiFi環境の整った場所が少ない。 食べ物、生活環境、何に対しても受け入れられないと感じ辛くて苦しいと感じる時が来ること。
月次報告書6月分
10ヶ月間の留学終了☑︎
2024-05
月次報告書5月分
大好き日本食!
留学開始から9ヶ月が経ち、来月にはもう帰国なんだと思うと本当に時の流れの早さを感じる。週末は帰国に向けてお土産探しを始めたが、どこに行くにも渋滞していたり、歩行者に優しくない道の作りをしているのでいつも外に出るのがめんどくさくなる。 今月は最後の小旅行でインドネシアの三代都市に数えられるバンドンに行った。ジャカルタ以外の大きな都市はどんなものなんだろうと思ったが、実際はすごい数の物乞いと、案外殺風景な街の感じに驚いた。ジャカルタとその他の地域ではすごい差があるんだなと感じた。それからバンドン近くの観光地のkawah putihに行ったが、ドライバーさんのワイルドすぎる運転に終始手汗が止まらなかった。それでも友達とどこかに出かけられたというだけで楽しかったし、また1つ土産話増えたと思うといい経験だったと思う。 中旬には大学側が企画してくれてpulau seribuへ行った。まさかこの船に乗るの?っていう感じのリアル奴隷船で約3時間ほどかけて行った。そこらじゅうでタバコを吸う人がいて船内の空気は最悪だった。周りの人のことを考えないこの国の喫煙者には本当にイライラする。宿泊先のホームステイでは樽に溜めた水を桶で掬って髪や体を洗う「リアル水浴び」を経験した。インドネシア語で「お風呂に入る」が「mandi(水浴び)」である理由がよくわかった。 また、今月は今までで一番日本食が恋しく感じた。美味しいけど味のレパートリーが少ないインドネシア料理に飽きてしまったのと、「来月の今頃には日本にいるんだ」と思うと何故か急に日本食が食べたくなったからだ。ちょうどそのタイミングで友達の知り合いの日本人の方が回転寿司に連れて行ってくださったり、友達がおすすめの日本食屋さんを紹介してくれてみんなで豚の生姜焼き丼を食べた。久しぶりに食べる日本食は格段に美味しかった。 最近大学で知り合いの人に「日本人はいつも何を食べるの?」と聞かれた。今年一番返答に困る質問だった。インドネシアだったら鶏肉・揚げ物・ナシゴレンやミーゴレン、味付けは絶対サンバルって答えるだろうけど、日本にはそういった料理の定型がないし、和洋中なんでも美味しいからとても悩んだ。同時に、答えられないほど味や料理のレパートリーが多い日本食は本当にすごいなと感じた。
ジャカルタ生活は残りわずかとなり、最終課題にも本格的に取り組み始め、ちょっとだけバタバタし始めた。 私は、「インドネシアの経済 〜首都移転の視点から〜」というタイトルで最終課題(プレゼンテーション)を進めている。現在、インドネシアの首都『ジャカルタ』から新首都、東カリマンタン『ヌサンタラ』へと首都移転プロジェクトが進められている。その大規模プロジェクトがどう国内経済に影響するのかを様々な視点から分析し、それを6月頭に発表しなければいけない。まー難しい。正直に言って、自分の言っていることがあっているかどうかは定かではあるが、なるべく真の情報を伝えるために努めている。最初は、「テーマ決め、失敗したなぁ」と後悔していたが、この首都移転プロジェクトは投資や都市開発に様々な国が絡んでくるので、大きく見れば、「世界の動き」を多少知ることができるという意味ではよかったのかもしれない。 私はジャカルタで日本人ラグビーチームに所属しており、割と日本人の方と関わる機会が多い。 最近になって、ジャカルタに赴任される人、帰任される人が増えるようになった。5月は出会いと別れの季節なのだろうか。おそらくだが、4月に赴任されて仕事がようやく落ち着き始めたから、ラグビー部に顔を出し始めたのだろう。帰任される人の事情はよくわからない。話はそれたが、そういった人が増えることで、歓送迎会も同時にかなり増えた。そこで様々な日本人の方々と出会い、そしてそこから新たな縁が生まれ、違う方とご飯をご一緒する機会が増えた。 「留学っていうのは、現地の人と関わるのが義務だろ!」と思う人がいるだろう。分かっている。でも、社会人の方とご飯をご一緒することで、これから社会に出ていく人間として、たくさんのことを知れる。もちろん100ではないが、いいスタートダッシュを切れるように多くのことを学んでいる。 ちなみに、ジムで出会ったインドネシア人の人とご飯を食べた。 「やはりインドネシア人はおもてなしがすごい」と思ったが、なんか変な感じがしてきて、最後の方少し引いた感じで話していた。
8ヶ月目までにジャカルタを含めジョグジャカルタ、バリ島、ギリ島、ヌサペニダ島の5箇所を訪れることができた。それでも、Bandungにはまだ行ったことがなくて、ずっと行ってみたい思っていた。ちょうどマランに留学している友人がジャカルタに遊びに来ていたため、みんなで日帰りで、Kawah Putihへ行くことにした。Kawah Putihは、先日の「世界の果てまで行ってQ」でみやぞんが訪れた場所で、Bandungのとても美しい絶景スポットとして知られている。片道約3時間かけて向かった。その日一日運転手を雇っていたのだが、その運転手のおじさんが過去一ハズレだった。集合してすぐにほとんどガソリンがなくなっているし、ナビはしない、危険運転、しまいには居眠り運転までされた。しかし、目的のKawah Putinを見れたから良かった。山頂付近は気温がかなり低くさらには天候が悪かったため視界が悪かったが、非日常の景色が広がっていて、とても新鮮で良い気分転換になった。休日になると、家から出るのが億劫で、一人だと中々どこかに行く気にならなかったからこういう機会にみんなで行くのはとても久々だったし、何よりみんなで楽しい気持ちを共有できてとても良かった。翌日、朝から喉がイガイガした。友人が夕方ごろマランへ帰った後くらいから倦怠感もしてきて、夜にはあっという間に38度の熱が出た。翌日も熱がまだ下がらず、病院でコロナ・インフル・溶連菌3つの検査をしたけどどれも陰性だった。細菌感染だろうといわれて点滴を打ったらだいぶ楽になった。その後も、面接が入っていたり、課題の量も変わらずプレゼンの準備に追われて忙しい日々を過ごした。
2024-04
『断食』 3月中上旬からスタートした断食。イスラム教が国民の9割を占めるインドネシアでは、人々の昼間の活動が減る。その影響から、昼間にショッピングモールに行ったりするとビックリするぐらい人がいない。私はジムに通っているのだが、昼間にいくと本当に閑散としているからいつもよりのびのびと筋トレができて、心の中では「これが続くことはないのか、、」と思ってしまうことがあった。 しかし、夜は一転、皆日が沈んだことにより大量にご飯を食べる。だからいつも人がいないようなところにも人が座ってご飯を食べている。断食月はインドネシアをより感じることができる時間だった。断食は4月中上旬まで続く。ラマダン(断食)の後にやってくるのはレバラン休暇(断食明け休暇)だ。日本のような宗教の存在が薄い国が断食を見ると、「すごい辛そう、私、俺だったら食べちゃう」と思ってしまうが、実は断食というのは一種の祝い事、祭りであり皆終始幸せそうだった。その祭りの後にくる『レバラン休暇』は皆、自分の実家に里帰りし家族で一緒にレバラン休暇を過ごす。これをインドネシア語で『Mudik』という。 私は友達から「レバランの時はジャカルタから人がいなくなるよ」と聞いていた。正月の時も同じことを言われたが、対して人が減った気配はなかった。しかし、今回は「え、まじ!?」となるほど人があの大都市ジャカルタから消えていた。車はほとんど走っておらず、バイクもいつもに比べるとだいぶ少ない数しかいない。その光景を見て、「インドネシア、おもろ笑」と改めて思った。 『ギリトラワンガン2回目』 正月にギリトラワンガンというロンボク島の近くにある島に行ったが、その時は「もう来ないだろうな」と思っていたが、4月にまさかの2回目。今回は2泊3日だったが、かなり楽しめた。1日目は移動でかなり疲れたが、夜に釣った魚を焼いて食べた。二日目はシュノーケリング。前回も同じようにシュノーケリングをしたが、今回は初めて海亀を触ることができて嬉しかった。手を上手に使いながらご飯を食べている姿を見てすごく癒された。夜は美味しいピザとお酒を飲むなど充実した1日を過ごすことができた。三日目は朝にアサイーボウルを食べて、ロンボク島本島に移動。バリ島と似た雰囲気があるのかなと思ったらダイーぶ静かだった。ホテルも海の目の前でプライベートビーチがあり、そこで寝ながらお酒を飲んだりして最高だった。たくさんのインドネシア人とも関わることができ、お世辞だとしても「インドネシア語うまいな!」と言われるのが楽しかった。最近はそれを言われるために話しかけにいってるっていうのは内緒で。 あと留学も1ヶ月半強しかない。残りの時間大切に過ごす。
月次報告書4月分
コモド島1人旅
今月はラマダン明け休暇で1週間ほど大学の授業が休みだったので、1人でコモド島に小旅行に行った。初めての1人旅だったので少し不安もあったけど、空港に着いた途端に偶然出会ったおじさんが道案内してくれたり、ホテルの人が親切だったりと、現地の人がみんな優しいので1人で行ってもあまり不安は感じなかった。 コモド島やピンクビーチなど、いくつかのスポットを1日で回るツアーに参加した。コモドドラゴンは血の匂いで寄ってくると聞いていたので少し怖かったけど、実際に島に行くと日向ぼっこしてるコモドドラゴンがいて可愛かった。一緒に写真も撮れて大満足だった。パダール島でのトレッキングは想像以上にハードだったけど、頂上からの景色の写真を撮りたい一心で1人黙々と登った。私が1人で参加しているのを知って、ツアースタッフのお姉さんがよく話しかけてくれたり、写真を撮るのを手伝ってくれた。 最終日はちょっとしたトラブルが起きた。イタリアンのお店に行ったら料理が来なくて2時間近く待たされた。特にすることもなかったので気長に待っていたが、最後のお会計の時にお釣りを正確に渡さなかったのが不服だったのでクレームを入れた。返信なんか来ないだろうと思ったらお店側から返金対応をさせて欲しいと連絡が来て、後日全額返金してもらえた。怒っている時はインドネシア語がポンポン出てきて自分でもびっくりするほど長文が書けてなんだか嬉しかった。普段は我慢して済ませることが多いけど、時には自分から言ってみるものだなあと思った。
2024-03
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