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プロフィール
Nami
学科
イベロアメリカ言語学科
学年
4年
専攻
ブラジル・ポルトガル語専攻
留学先
ブラジル連邦共和国
/
UNIVERSIDADE DE BRASILIA
留学期間
2017-02-01 ~ 2018-01-31
留学種別
交換
1~10件目 / 12件中
2018-01
月次報告書1月分
年越し、そして帰国
ブラジル北部のマラニョンという街で、友人とそのご家族と年末年始を過ごしました。 年越しの瞬間は、時差で先に年越しを迎えた地域のカウントダウンをテレビで見てから、友人と海辺に行きました。身につける服の色によって次の年の縁起をかつぐ風習があり、例えば白なら平和、黄色なら金運となっているので、私は白のワンピースを着ました。そして、年越しの瞬間には、年の数だけ波をジャンプしながら願い事をかけるというおまじないがあり、2018年なので8回、8個の願いをかけながら、打ち寄せる波をジャンプして新年を迎えました。新年を迎えると海辺のあちこちで花火が上がり、お祝いムードになりました。 今まで、家族と過ごすかアルバイトをして年越しを迎えてきたので、季節感のない海辺で友人とはしゃいで年越しができて、とても新鮮で楽しい思い出になりました。 数日間滞在したのですが、友人の従姉妹が遺跡を案内してくれたり、街中を散歩したり、ガールズトークをしながらボードゲームをしたりしました。また、海沿いの街なのでカニが有名で、日本とは違ってとても小さいものでしたが、現地のものを食べることができて良かったです。初めて会う人ともなんとか会話ができて、1年間の成長を少し感じることができました。 ブラジリアに戻ると、すぐに帰国の日になりました。お世話になった友人たちと離れるのは本当にさみしいと感じましたし、また絶対にブラジルに行きたいと思います。
ブラジル連邦共和国
UNIVERSIDADE DE BRASILIA
Nami
イベロアメリカ言語学科 4年 交換
2017-12
月次報告書12月分
たくさんの思い出
留学生活もついに終盤となり、授業も前半で終わったため、最後の長期休みを満喫しました。 上旬には、日本人パントマイムパフォーマーの「が~まるちょば」が世界ツアーの中でブラジリアにも訪れるということで、友人たちと見に行きました。言葉を使わないパフォーマンスで、文化が違っても同じことで笑えることはすごいと感じました。日本でもなかなか見ることはできないので、ブラジルの友人とも思い出を作ることができてよかったです。 また、ずっと気になっていたものの訪れていなかったショッピングモールに遊びに行ったり、美容室でブラジル流のメイクを初体験したり、友人たちが集まってくれて送別会をしてくれたり、とても充実した日々を過ごすことができました。 中旬には、ずっと行きたかったイグアスに旅行に行くことができました。ジャングルの中に作られた広大な野鳥園では、色鮮やかなアララー(コンゴウインコ)やフラミンゴ、ブラジルのシンボル的なトゥッカーノ(オニオオハシ)といった多くの野鳥を見ました。大きなオリの中に入って見ることができるので、触れるくらい近くでみることができ、可愛らしい姿に癒されました。イグアスの滝はブラジル側、アルゼンチン側と両方から見ました。ブラジル側からは全体的に俯瞰して見ることができ、空も大地も壮大で自然の偉大さを感じました。滝つぼに渡された遊歩道を歩くと、足元をものすごい速さで流れる水に恐怖感を覚えつつも、しぶきでびしょびしょになり楽しかったです。アルゼンチン側まではバスを乗り継いで行き、またブラジルと少し違う空気を感じました。滝もより近くで見ることができたので、ものすごい迫力でした。水の量も速さも、周囲に響くゴオオオオオという音も初めて目の当たりにするもので、とにかく「すごい」という言葉しか出てこないほどすごいものでした。「悪魔ののど笛」と呼ばれていますが、まさに悪魔がのど笛を鳴らしているような怖さがありました。アルゼンチン側ではボートツアーにも参加しました。滝つぼの滝にボートごと入るのですが、振り落とされそうなほどのスピードと揺れ、大量の水しぶきで、どんなジェットコースターよりも楽しかったです!まさにアドベンチャーといった感じで、若いうちに体験できて本当によかったと思いました! 年末には日本語の授業で仲良くなった友人の親戚の家を訪れるため、マラニョンという町に行きました。 経由のために降りたリオでは半日ほど過ごすことができ、まだ行けていなかった博物館や二テロイの美術館を訪れることができて良かったです。 マラニョンでは友人が迎えに来てくれて、ご家族もこれまで誕生日パーティーやフェスタジュニーナなどに呼んでくれていたので、とてもよくしていただきました。ブラジリアよりも暑く、とても年末の雰囲気は感じられない土地でしたが、いつもと違う年末の過ごし方ができて、とても貴重な経験でした。
ブラジル連邦共和国
UNIVERSIDADE DE BRASILIA
Nami
イベロアメリカ言語学科 4年 交換
2017-11
月次報告書11月分
マナウス旅行
11月後半の週末を利用して、マナウスにいる友人に会いに行きました。 外国語学習用アプリで知り合った友人で会うのは初めてだったのですが、女同士でガールズトークもできてすぐに仲良くなれました。 まず、マナウスの食について。ブラジルでもあまり知られていない、マナウス特産のtucumá(トゥクマー)という果物を使ったサンドイッチやアイスを食べたのですが、甘くなく食感はドライマンゴーのように硬く、少しクセのある味で不思議な味でした。川魚のタンバキは塩だけのシンプルな味付けで、とても大きく、3人がかりで食べました。ブラジルに来てから、レストランではほとんどお肉だったので、魚介が食べられるのもマナウスならではですし、ブラジル流の食べ方を知ることができて良かったです。ブラジルのどこでもおなじみなガラナという炭酸ジュースも、マナウスにはbaréという地元の銘柄があり、甘めの味が特徴的でした。 友人はアマゾナス連邦大学で日本語を学んでいたので、日本人の先生に会いに行ったり、マナウスの日系団体の建物を利用した小さな日本祭りが開かれていたので、遊びに行きました。マナウスはブラジルの中でも辺境地というイメージがあったので、日本との関わりが深いと知り驚きましたし、太鼓の演奏が行われていたり、日本の文化が受け継がれているのを見てとても感慨深いと思いました。 マナウスといえば、大自然アマゾン。バイクで連れて行ってもらった自然研究所では、背の高い木が生い茂るジャングルにマナティなどが展示されていて、とても冒険的でした。 アマゾン川は2度目の訪問になり、ブラジル人にも驚かれましたが、また見たいと思っていた景色をこんなにも早く見に行くことができ、とても嬉しかったです。友人に教えてもらった安いボートツアーに参加し、念願だったピンクのイルカと戯れることができました!また、先住民たちが生活する島にも訪れ、儀式の踊りを披露してくれたり、植物の染料を使ったボディーペインティングを体験しました。日本にいたときにブラジルの社会などについて学んだことがあったため、観光用に先住民訪問がツアーに組み込まれ、決して多くはない金額でもチップを貰うことで貨幣経済の一部となっているその様子を見て、考えさせられる部分もありましたが、儀式の踊りなどは実際に見れることは貴重なことだし、文化を失わずに後世に伝承していくという効果が少しでもあるのなら、仕方のないことなのかなとも感じました。別の日に市内の先住民博物館も訪れたのですが、あまり大きい博物館ではなかったのですが、先住民の道具や儀式の様子が展示されていて、自然とともに暮らしてきた先住民の多くが土地や慣習を失い、民族自体の数も減ってしまった現状がとても悲しいと感じました。何かできることがあるのかはわからないのですが、ブラジルは本当に多様な面を持っていて複雑な国だと感じたので、今後も冷静な姿勢で知識を深め、多くの人に現状を伝えていけたらいいなと思いました。
ブラジル連邦共和国
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Nami
イベロアメリカ言語学科 4年 交換
2017-10
月次報告書10月分
サンパウロ、カラオケ大会、芸術の秋
10月はまたサンパウロに旅行に行きました。 今回は主要な観光地ではなく、サッカー観戦をメインに、「ICO2017」で知り合ったサンパウロの日系人の友人を訪れたり、日本文化を伝える「ジャパンハウス」を見に行ったりしました。友人たちとはイビラプエラ公園を散策したり、サンパウロのカラオケボックスで遊び、交流を深めました。ジャパンハウスでは、日本人の私でも知らないような現代アートの作品や、一流有名店のシェフが極めた「土のスープ」などの展示があり、面白かったです。また、サンパウロにはオシャレなカフェが多いので、カフェ巡りなどもして、のんびりした休日を過ごすことができました。 ブラジリアの「clube Nipo」という日系スポーツクラブの中にも、カラオケができるスペースがあり、何回か日系人の友人たちと遊びに行きました。その際に知り合った歌手の方から、ブラジリア郊外で日系団体主催の日本語カラオケ大会があると知り、出てみないかと誘って頂きました。歌うのも好きだし、また新しく友人を作れるのではないかと思い、参加しました。当日は、郊外の会場はとても遠かったので、モニターをしていたUnBの日本語の授業で仲良くなった友人と、その家族が応援がてら車で送迎してくれました。出場者はカテゴリー別に小さい子からご年配の方まで、計40人ほどだったのですが、まさかの優勝を頂いてしまいました。楽しく歌えればいいなと思っていたのですが、優勝した日本人ということで多くの方に顔を覚えていただき、交流ができてとても楽しかったです。 また、授業のない日や休日を使って、ブラジリアの街を歩きました。 美術館を訪れてVRを体験したり、青いステンドグラスで有名なドンボスコ教会に連れて行ってもらいました。 VRは日本でも体験したことがなかったので、ブラジルで手軽に体験できて良かったです。また、ドンボスコ教会はとても神秘的で圧倒されました。9月に引き続いて芸術の秋を堪能できたと思います。
ブラジル連邦共和国
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Nami
イベロアメリカ言語学科 4年 交換
2017-09
月次報告書9月分
芸術の秋
ブラジルでは日本と比べてより気軽にアートを楽しめると思います。それは、音楽イベントが頻繁に開催されていたり、美術館や博物館が多く、どれも入場料がとても安いからです。 9月はそんなアートな機会に恵まれ、コンサートや美術館に足を運びました。季節感はともかく、芸術の秋を堪能できたと思います。 コンサートは、日本食レストランの「ゆず庵」で知り合った方に誘って頂きました。その方は女性の新聞記者で、日系人の血縁もあり、私が日本人ということでとても良くしてくださいました。音楽イベントがあり、その方が仕事で行くため、無料で招待してくださったのです。「トロピカーリア」という、かつてブラジルで起こった「ブラジルらしさ」を模索した音楽ムーブメント期の音楽を讃えるイベントで、野外ステージで音楽フェスのように開催されました。トロピカーリアについては少しだけ勉強したことがあったので、その音楽に肌で触れることができ、とても嬉しかったです。また、イベントに参加したうちの「pato fu」というバンドの歌手が、フェルナンダ・タカイという日系人の方で、新聞記者の女性が楽屋まで特別に案内してくれました。短い時間であまり上手には話せなかったのですが、日本人に会えて嬉しいと言ってくださり、ギターピックもプレゼントしてくれて、とても貴重な経験になりました。女性記者の方は、後日誕生日パーティーにも招待してくれました。ポルトガル語が聞き取れなくてあまり会話には入れませんでしたが、普段大学生とばかり関わっているので、ブラジルの大人の方々とお話できる機会になり、またひとつ貴重な経験になりました。 ブラジルの写真家で有名なセバスチャン・サルガドの写真展があるということで、美術館にも行きました。世界各地の子供や人々の暮らしを映したものの展示で、被写体の息づかいを感じられるようなものが多く、圧倒されました。 中旬には、ブラジリアから車で3時間ほどの所にあるアナポリスという街で日本祭りがあり、また大使館の方々のお手伝いをさせて頂きました。歌や琉球太鼓のステージがメインでしたが、奨学金の案内などをする大使館のブースでは、若い学生やお子様連れの家族中心に、日本への留学や旅行に興味がある方が多くいらっしゃいました。視察に訪れていた大使にもお会いさせて頂き、とても勉強になりました。
ブラジル連邦共和国
UNIVERSIDADE DE BRASILIA
Nami
イベロアメリカ言語学科 4年 交換
2017-08
月次報告書8月分
エスピリットサント
8月末にエスピリットサントという町に行きました。有名ではなく、私も知らなかったのですが、リオの少し北にある海沿いの町で、とても綺麗でした。行くことになったきっかけは、6月の「ICO2017」で知り合った、日本語教師をしているブラジル人の方から、日系人団体の運動会があるから手伝ってほしいと言われたことでした。3日間滞在し、運動会の手伝いと日本語学校の授業の手伝いをさせてもらいました。 運動会は、小さい子供たちとご年配の方々が中心でした。みんながやり方やルールがわからないままで進めなくてはいけなかったので、一日中動き回ってとても大変でした。しかし、ラジオ体操をみんなの前でお手本としてやらせてもらって、とても褒めて頂いたり、子供たちが一生懸命取り組んで楽しんでいる姿を見て、少しでも役に立てたようで嬉しかったです。運動会を一からやるというのは本当に大変なことだとわかりましたし、日本の学校で毎年開催できるのは、いろいろな人の力があってこそで、本当にすごいことなのだと気付きました。また、ブラジル各地で日系人コミュニティが年々縮小しており、エスピリットサントでは特に私たち青年の世代があまり関心を持っていないことを現地の方から教えていただきました。せっかくブラジルに日本の文化が伝わって、現地で交流があるのに、それが失われていってしまうのはとても残念だと思います。 日本語学校では、現地の生徒たちの会話練習の相手として、質問に答えたり、日本のことを教えたりしました。 3日間、日本語学校の生徒の家にホームステイをさせてもらい、街の教会やウミガメのいる公園、日曜日の朝市などに連れていってもらいました。小さな町でも、歴史ある建物や伝統の土鍋を手作りで作る工房がある部分と、生活に便利な近代的な部分があり、とても面白いと思いました。また、食事も現地特有のものがあり、バイーア地方で有名なブラジル料理「ムケッカ」も、ここではとろみをつけたものや、ココナッツの実を器にしたホワイトシチュー状のものがあり、どれもとても美味しかったです。 新しく現地の友人もでき、ブラジルのまた違った景色も見ることができたので、とても良い経験になりました。
ブラジル連邦共和国
UNIVERSIDADE DE BRASILIA
Nami
イベロアメリカ言語学科 4年 交換
2017-07
月次報告書7月分
リオ、サンパウロ、マラニョン
前期が終わり、冬休みに入ったので、リオ、サンパウロ、マラニョンに旅行に行ってきました。 リオの街はとても大きくて、観光するところもたくさんあるし、コパカバーナやイパネマといった有名な海岸もあり、どこに行っても人が多くて、街全体がとても活気であふれていました。リオでは、いくつかの教会を見学したり、コルコバードの丘, ポンジアスーカー, セラロンの階段といった観光名所をまわったり、マラカナンスタジアムでサッカーの試合を見たり、ファベーラ(貧民街)のツアーに参加したりしました。ポンジアスーカーに登った日はとても天気が良く、海岸沿いの街がとても良く見下ろすことができて、とてもきれいでした。また、サッカーの試合を見るのは初めてだったのですが、ブラジル人は歓声がいちいちオーバーで、こちらも自然に熱くなって応援していて、とても楽しかったです。ファベーラツアーは治安が少し不安でもあったのですが、ブラジルの現実を少し肌で感じることができて、貴重な経験になったと思います。丘陵にひしめくように手作りの家が建ち並んでいて、決して住みやすいとは言えない環境でしたが、思っていたのとは違って、屋根には貯水タンクがあるし、どこから引っ張ってきたのか、電線がやみくもに張り巡らされているし、商店や軽食を食べられる店なども結構あり、生活に必要な物は最低限そろっているようで驚きました。 サンパウロではリベルダージ(東洋人街)を歩き、ラーメンやお寿司など、懐かしい日本食を楽しみました。また、6月の「ICO2017」で仲良くなったサンパウロの友人たちに案内してもらって、セー教会や市営市場などを見て回りました。市営市場では、モルタデーラというハムのようなスライスしたお肉を使ったサンドイッチが有名で、とても大きくて重かったのですが、味はおいしかったです。 マラニョンはあまり有名な街ではありませんが、白い砂丘が絶景で、ブラジルに来たら絶対に訪れたい場所でした。街の中心部から砂丘のあるレンソイス・マラニャンセス国立公園まではジープに乗り、険しい道を2時間ほど進みました。まさにアドベンチャーといった感じで、とても楽しかったです。そして、白い砂丘が延々と続く景色は、本当に素晴らしいものでした。砂丘を歩いたり、砂丘の間にできた水溜りで泳いだりして遊んだあと、白い地平線に沈んでいく夕日を見たときは、本当に感動しました。一生に一回は見たいと思っていましたが、いつか必ずまた見に行きたいと思います。
ブラジル連邦共和国
UNIVERSIDADE DE BRASILIA
Nami
イベロアメリカ言語学科 4年 交換
2017-06
月次報告書6月分
留学生の会、ICO2017、festa junina
10日にサンパウロで行われた「留学生の会」に参加しました。この会は、留学生が就職や将来について考える機会を作るためにと、大阪大学のサンパウロ大留学生たちが中心となって始められたものです。 当日は、JETROの職員の方による、日本とブラジルの経済関係についての講演会や、駐在員の方々のパネルディスカッション、シュハスコ懇親会が行われ、沢山お話をさせていただきました。法律や文化の違いによるトラブル等、駐在勤務ならではの困難や、女性として不利を感じたご経験などをはじめ、企業が留学経験者に期待する能力、駐在員の給料事情など、ブラジルでの仕事のリアルなお話を伺うことができ、とても勉強になりました。まだまだ日本の社会や経済、ブラジル社会についてもっと知らないといけないなと感じましたし、ブラジルでの勤務も幅広く視野に入れて、自分の将来について考え直すとても良い機会となりました。 週末だったので、パウリスタ周辺の街を少し歩いてショッピングしたり、リベルダージで日本の食品を買いだめしたり、美味しいラーメンやお寿司を食べに行くことができて、楽しかったです。 15日から18日には、ブラジリアで開催された「ICO2017」という宿泊イベントに参加してきました。これは、ブラジル全土の日系人の若者たちが親睦を深められるようにと、14年前に始まったもので、今年は日系の若者だけでなく、日本語教師・学習者、沖縄エイサーや和太鼓の団体に所属しているブラジル人も招待され、14歳から20代後半までの約150人が集まりました。私たち日本人留学生は、5月の日本祭りで知り合った、実行委員のタカシくんに招待されました。 行程は5日間で、いろいろなゲームやグループワークを通してそれぞれの仲を深めたり、様々なテーマについて、実行委員やゲストスピーカーのプレゼンを聞いてみんなで考えたり、ディスカッションをしたり、ヨガやズンバを体験したり、色々なアクティビティーを行いました。ポルトガル語を全て理解することはできなかったのですが、新しい知識を得たり様々な意見を聞くことができて、とても考えさせられましたし、勉強になりました。また、参加者みんな積極性・協調性があり、どのアクティビティーでも、全力で参加して全力で楽しもう、という姿勢で取り組んでいて、とてもキラキラしていて感動しました。クレイジーで愉快な仲間たちとたくさん笑って、とても楽しかったです。 また、毎日朝5時から夜2時までのスケジュールが完璧に企画・運営されていて、実行委員のみんなの凄さに感動しました。ブラジル人はルーズなイメージだったので、ここまで念入りに計画されているとは思っていませんでしたし、150人もの人数をしっかりまとめ、最後はギリギリまでメモリアルビデオを制作していた実行委員の姿を見て、本当にすごいなと思いました。日系移民の多くがブラジルで公務員や医者として活躍されているそのパワーの秘訣が、少しわかったような気がしました。 最初は説明も理解できず、他の参加者ともあまり話せず寂しかったのですが、タカシくんが通訳をしてくれたり、ゆっくり説明してくれる人も沢山いて、カタコトながら色々な話をして、沢山友達ができました。そのおかげでとても楽しむことができましたし、もっとポルトガル語を頑張ろう、ブラジルのことを勉強しよう、とモチベーションも上げてもらいました。ある女の子が「あなたが一生懸命ポルトガル語を話している姿を見て、自分ももっと日本語の勉強を頑張ろうと思った。ICOに参加してくれてありがとう。」と言ってくれたのは本当に嬉しかったです。最終日、新しい仲間たちと一緒に見た、大きな朝日の景色は、一生忘れられないものになったと思います。 「来年も参加してよ!」と多くの人に別れを惜しんでもらったので、来年の留学生たちにもぜひ!!参加してほしいなと思います。私も可能ならぜひまた参加したいですし、日本でもこのようなイベントを開いて、日本に住むブラジル人たちが、お互いの親睦を深められるような機会を作ることができたらいいな、と強く感じました。 最後の週末には、友人の親戚の家で開かれたfesta junina(6月祭り)にお邪魔しました。全部で40人程集まっていて驚きました。手作りの料理やお菓子を頂き、談笑したり踊ったりして楽しかったです。最後には全員参加でビンゴ大会が開かれ、それぞれ持ち寄った景品がなくなるまでやりました。私もお正月などで祖父母の家に親戚が集まる際には、景品をかけてビンゴ大会をするので、地球の反対側でも家族の形は変わらないのだなと思い、感慨深かったです。このお祭りは色々な所で色々な形で開かれるお祭りなのですが、ブラジル人にとって家族団欒の大切な時間でもあるのだなということがわかりました。
ブラジル連邦共和国
UNIVERSIDADE DE BRASILIA
Nami
イベロアメリカ言語学科 4年 交換
2017-05
月次報告書5月分
日本祭りとアマゾン
週末 5日から7日までの3日間、ブラジリアで開催された「日本祭り」というイベントに、在ブラジリア大使館の展示ブースのお手伝いとして参加させていただきました。これは、4月に、同じ寮で生活している上智大の留学生を通して、大使館で広報文化班班長として勤務されている、武藤一等書記官ご夫妻とお話させて頂いたのがきっかけでした。当日の3日間は、大使館の浴衣をお借りして、日本酒の試飲を配るお手伝いをしたり、和食の展示や茶道のデモンストレーションで来場者からの質問に対応したりしました。浴衣姿の日本人が珍しいからか、多くの来場者に一緒に写真を撮ってほしいと言われ、まるで有名人になったようでした。大使館の方もおっしゃっていましたが、ブラジルではSNSがかなり流行っているので、このように写真を撮って拡散してもらうことで、日本文化がさらに広く親しまれるようになったらいいなと感じました。お祭りに向けて、事前準備を何もせず参加してしまったので、本当に簡単なお手伝いしかできませんでしたが、武藤さんをはじめ大使館関係者の皆様からは、「今までで一番、大使館ブースを盛り上げることができた」というお言葉を頂きました。少しでもお役に立てていたのなら光栄なことだなと感じました。このように大使館関係者の方とお話させて頂いたり、ましてや一緒にお仕事に携わらせて頂けることは本当に貴重な経験で、いろいろなことを学ばせて頂きました。お手伝いの合間をぬって、お祭り自体もとても楽しませて頂きました。「しめじ」や「すしバーガー」という日本にはない料理があったり、見るからに偽物のアニメグッズが売られていたり、日本人よりも上手な演歌や和太鼓の演奏があったり、日本文化と全然関係のないブースもあったりと、ブラジル人の視点からの「日本文化」というものを知ることができ、とても面白かったです。同時に、日本の文化が想像していた以上にブラジルで親しまれていたので、このソフトパワーを生かして、もっといろいろな面でブラジルと日本の国交が深まったらいいなと感じました。また、日本ではブラジルの文化はあまり親しまれていない印象があるので、帰国したらもっとブラジルの文化を知ってもらえるような活動をやってみたいです。 月末には、アマゾンへ旅行に出かけました。ツアーで見られたのはほんの一部でしたが、それでも信じられないほど壮大な大自然で、とても感動しました。ツアーでは、野生のサルやワニ、ナマケモノに会ったり、ピラニアを釣ったり、ジャングルの中を歩いたり、手作業でゴムが生産されていた作業場を見たりなど、たくさんのことを体験できました。船の上から見た夕日や、宿泊したロッジの川辺から見た、降るようなたくさんの星がとても綺麗で、この自然がずっと残っていてほしいなと感じました。どのツアーも初めて見る光景ばかりでとても面白かったのですが、一番印象に残っているのは、rio Negroとrio Solimõesがぶつかる合流地点の景色です。以前テレビで見たとおり、二つの川が絶対に混ざり合うことなく流れていて、触ってみると温度も全然違うことがわかり、とても不思議な光景でした。文字通り都会の喧騒を忘れ、人生の悩み事なんて全然たいしたことないなあと感じましたし、大自然のパワーをたくさんもらった旅になりました。死ぬまでにもう一度行きたいです。
ブラジル連邦共和国
UNIVERSIDADE DE BRASILIA
Nami
イベロアメリカ言語学科 4年 交換
2017-04
月次報告書4月分
動物園とサルバドール旅行
週末の過ごし方 ブラジリアの動物園に連れて行ってもらい、ピクニックをしました。ピクニックのために御飯を炊いて、おにぎりやおかずをみんなで協力して作りました。動物園はとにかく広くて、暑いなか歩き回るのは大変でしたが、日本では見られないようなトゥッカーノなどのカラフルな鳥や、ホワイトタイガーなどの珍しい動物を見ることができ、良い経験になりました。 また、月末にはサルバドールに旅行に出かけました。同じブラジルでもブラジリアとは全然違う景色が広がっていて、とても感動しました。石畳の坂道やポルトガル式の歴史的な教会が建ち並ぶ姿は、まるでポルトガルに来たかのように感じましたが、その中でも、建物の壁がカラフルに塗られていたり、黒人奴隷たちによって建てられた教会があったり、道ばたでカポエイラが行われていたりして、異文化が融合したブラジルらしさを強く感じました。ブラジリアは近代的な街なので、サルバドールに行ってようやく「ブラジルに来た!」という実感がわきました。また、ブラジリアは内陸なので、サルバドールで久しぶりに海を見ることができてとても嬉しかったです。残念ながら海に入ってはいないのですが、要塞の灯台に上って壮大な大西洋をバックに写真を撮ったり、海の見えるレストランで美味しいシーフードを食べることができて大満足でした。ブラジルに来る前からバイーアの代表料理であるムケッカ(トマトとココナッツミルクでシーフードを煮込んだスープ)が大好きだったので、本場のムケッカを滞在中に3回も食べることができて幸せでした。また、黒人奴隷たちによってもたらされた、カンドンブレという宗教の伝統舞踊を劇場で見ました。小さな劇場なのですが、激しいリズムと呪文のような歌声が大きく響き、それに合わせてパワフルでしなやかなダンスで神々のストーリーが表現されていて、圧倒されました。1時間ほどの舞台でひとり50レアル(2000円弱)でしたが、伝統文化に少しでも触れることができて、値段以上の価値があったと思います。 3泊4日でゆっくり楽しむことができ、とても良い旅行でした。ただ、サルバドールはブラジルのなかでも有名な観光地だからか、綺麗なホテルやレストラン、オフィスビル街のような部分もある反面、物乞いや小物売りをする人々がいたり、一歩細い道を見るとぼろぼろの廃墟が続いている場所もあったりして、ブラジルの抱えている問題について改めて考えさせられる機会にもなりました。また、予約していた飛行機の出発の日にブラジル全土のストライキが重なってしまい、一時はどうなるかと思いましたが、前日に空港まで行って日程をずらしてもらい、ホテルも日程変更をして、なんとか行くことができました。急にストライキの日が決定され交通機関がひとつも動かないということは日本ではまず有り得ないので驚いたし迷惑だと思いましたが、これもブラジルの抱える問題に直面しトラブルの対処もできたので、ある意味貴重な経験になったと思いました。
ブラジル連邦共和国
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Nami
イベロアメリカ言語学科 4年 交換
1~10件目 / 12件中